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ある日の夕暮れ、とある国の北の果て。 大海原を望む断崖のふちに、一人の男が腰掛けておりました。豊かに蓄えられた白髪、顔に走る幾筋もの皺。薄汚れた粗末な衣服もあいまって、遠目に見れば崖縁に引っ掛かった雑巾といった風情です。 男は、眼下の岩場に散る波飛沫をじっと眺めておりましたが──やがて意を決したように、懐から笛を取り出しました。かつては都でも当代随一と謳われた吹き手として、奏でずにはいられなかったのです。 自身が布切れではなく、人間なのだと知らしめるために。まだ
「冗談じゃねェや!!」 狭い一室に、男の絶叫がこだました。 「もうすぐ祭りなのに値上げだァ!? ただでさえ高っけえのに!!」 怒声とともに男は値札を指差す。 いわく、そこにはこうあった。 <防腐薬 銀10 改め 銀15> 椅子に座った老魔女は、あばた面を掻きながらうんざりしたように告げた。 「特別価格で5割増しだよ。雨季は気分が滅入るからね、薬の精製にも普段より労力がかかる──何度言ったら分かるんだい」 「去年は2割増しで済んでたじゃねェか!」 「去年は去年、