ふと思い出した昔の話

小学生の頃、家庭の事情で2LDKのアパートに住んでいたことがある。
そのアパートはとても古く、強い風が吹いたらどこかへ吹き飛んでしまうんじゃないかと子供ながらに不安を抱きながら毎日を過ごしていた。

私たちが住み始めて少ししたくらいに、上の階へと母娘2人の3人家族が引っ越してきた。娘2人と私は歳が近かった。
学校が終わってからクラスの子と遊び、17時のチャイムで家に帰ったあと、夕食までの間にその娘たちと自転車に乗ったりママゴトしたりして遊んだ。
それまでは、17時のチャイムは寂しい音に感じていたが、彼女たちが来てからそう感じたことは一度もなかった。
その家には、時々、「父親ではない」という、男の人が出入りしていた。その人は社交的な人で、優しくて、私たちに混じって遊んでくれた。夏には花火をした。

冒頭にも書いたように、とても古いアパートだったので、隣接した部屋の声や生活音が聞こえてくることは日常だった。
ある休日の昼間、家族は出かけていて、私は1人家の中でテレビを見ながら宿題をやっていた。するとテレビの音とは別に女の人の泣くような声が聞こえてきたことがある。
あれは恐らく彼女たちの母親の喘ぎ声だった。

そこからしばらく経ったある日。
一緒に花火をやった優しい男の人は来なくなった。その代わりに、見慣れない男の人の見慣れない車種が家の前の共有駐車場に停まるようになり、上の階からは頻繁に彼女たちの泣き叫ぶ声と男の怒鳴り声が聞こえるようになった。彼女たちに「遊ぼう」と声をかけても断られることが増え、徐々に遊ばなくなった。


私が最後に彼女たちを見たのは「今までお世話になりました」と、引越しの挨拶をしにきた時。
久しぶりに見た彼女たちの母親のお腹には子供がいて、彼女たちは大人びて見えた。

その数ヶ月後、彼女たちを知る人から「母親の恋人から逃げて北海道にいる」という情報を聞いた。携帯電話も捨てたらしい。
私はよく意味がわからなかった。


そこから約20年が経過した。
私たちが住んでいたアパートは取り壊されるらしい。
当時からボロかったのに、よく今まで平気だったなと思う。
私は、アパートの前を通過するたびに彼女たちのことを思い出していた。
当時、私の部屋の上では、苦しくて悲しいことが起こっていたのかもしれない。
そんなこと思っても真実はわからないし、私には何もできないけれど、これも今月で最後かもしれないと思って文にした。

大人になった彼女たちが幸せだったらいいなと、思う。

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