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学校教育、一番遅れてるものを、次世代に手渡すの?
次世代に何を残す?
たとえば、相続税100%とかだったら、家や財産を、子どもに残すことはできない。
だったら「良い社会」や「良い教育」を与えてあげた方がいい。それも、彼らが子どもであるうちに。
相続税は、今のところ100%とかではないけど、子どもに、特に残してあげられるものがない人の方が多いと思うから。
子どもの数はめちゃくちゃ少なくなっていて、地方に行くと猶更、それを痛感する。
子どもの数が減っているんだから、子どもの数が多かった時代のような、管理、管理…の教育じゃなくていいんじゃないか? もっと子ども一人ひとりの個性を伸ばすような、寄り添う教育が、実現できるんじゃないか?って思ってた。
けど、管理を教育だと思ってきた人たちが、今も教育というものを牛耳っていて(管理職として)、私が小学生だったころ、中学生だったころと、教育の内容は大差ないみたいだ。
科目にダンスが入るとか、英語やプログラミングを早くから習うとか、そういうことが、教育改革ではないと思う。
自分のことを大事にする、身体的な自由を許さないというところや(髪型、服装などを一方的に締め付ける校則。周囲に合わせることを強い、自分で考えることをさせない非民主的な学校運営)
一人の人間が生きていくために必要な技能…国際学力比較の成績だけが、プライドのよすがに見えるけど…本当に必要なのは、そういうことじゃないんじゃない?
…料理、洗濯、掃除、身なりを整えること、マメに身体を動かせるようにすること、子どもだって家族の中で「役に立てる」という感覚を育ててあげることは、自己肯定感や自立の元になると思う。
体育…身体感覚を喪失しがちな現代人だからこそ、運動は大切。軍事訓練みたいなことではなく、「スポーツを楽しい」と思える気持ちを育むことを優先すべき。じゃないと、わたしみたいな「ただの運動嫌い」を増やすだけ。
というか、一体、今の体育教育って、何を目指してやってんだろ?
いや、体育だけじゃないや。
他の科目も、一体子どもに、どうなってほしくてやってんだろ?
いい大学に合格させるため?
じゃあ、いい大学ってのは、いい学生をどういう基準でとってるわけ?
そこのとこ、人間観から説明してほしい。
どう考えても、管理しやすさだけで、点数というものを作り出し、点数というものを基準に、教育のやり方が決まるという、本来の教育とは逆に理屈で、学校制度ってものが出来ているように思う。
そして、誰もそれについて、責任持ってないように見える。
「これまで、そうやってきたから」ってだけで。
学校教育が一番遅れてる。
選挙で、まともな議員に投票するより先に、地域の公教育について、もっと議論した方がいい。
どうやって「地元の」未来を担う人材を育てるか。
どういう人材が理想なのか。
じゃないと、東京に一方的に成績のいい子から、吸われてってるだけ。
わたしは、「優しくて、しっかりしている子」がいいと思う。
そういう子は、自分で幸せを掴めるから。