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【エッセイ】人生を上の空で過ごしていたら、そのまま仕事が空の上


#想像していなかった未来 #エッセイ #北海道移住 #アウトドア

今日の風に吹かれて

「社長、今日の風は無理じゃないですか」

スタッフに言われて私は迷った。

「まぁ立ち上げてみて危なそうなら中止だな。でもこれを楽しみに来てるお客さんもいるからやるだけやってみよう」

熱気球フライトの搭乗体験準備の一幕である。

この体験は天候に左右されて中止になることがよくあるのだ。
早朝の風が凪いでいる時間帯を選んで開催するのだが急な風に煽られると思うようにいかず苦戦する。

地上に広げた風船部分に巨大扇風機で風を送って膨らませた後、巨大バーナーの火で熱気を内部に送り込んでから寝そべった風船を垂直に立ち上げるのである。
このタイミングで風があると立ち上がらず、その日は中止となってしまう。

遠方からわざわざ来たお客様にもガッカリして帰ってもらうしかない。とても忍びないのだ。

現在私は縁あって北海道でアウトドア体験を提供する会社の経営者をさせてもらっている。

体験種目はボートで川を下るラフティングツアーやサイクリングツアー、トレッキングツアーなど多岐にわたるのだが中でもこの熱気球が思い通りにならない種目第一位である。

毎回ハラハラし、途中まで順調にいっても急遽強風により強制終了させられることもある。
そうなると並んでいる残り数組のお客様には顔向けできない気持ちになるのである。

「えー、せっかく並んでたのに。この程度の風で中止なの・・・」
「大変申し訳ありません。明日も滞在でしたら是非お待ちしております」

ーなんでこんな思い通りにならない因果な仕事をしているのだろう。
ーでも、これまでの人生も思い通りに行かない事ばかりだったな。

1975年、東京で私は生まれた。
そこから何処をどう彷徨って生きてきたのか、
気が付いたら北海道にある人口5,000人の小さな町に移住してもう20年以上も経っている。

就職氷河期世代の私はご多分に漏れず就職に苦労したクチである。
閉塞感漂う時代の中で私は自分探しの旅に出て
広い世界を知りたい思いが募っていた。

その渡航資金を稼ぐ手段として当時最も過酷とされていた職種の一つである運送業を選び相当な覚悟をもってストイックに働いていたのだ。

ー希望のないこの国を脱出して自分の人生を切り拓く。
ー俺の居場所はここじゃない。

そんな思いを抱きながら働いていた私は
『人生一度きり』という真実を強く意識するようになった。

その思いが募った事と就職難の現実が
私の視界を狭い日本から未知の海外に向けさせたのだ。

そしてついに運送会社で数年かけ働いて貯めた資金で私は念願の日本脱出を果たしたのだ。

私の最初の渡航先はカナダだった。
その後、働きもせずふわふわと放浪した2年で実に様々な体験をさせてもらった。

そして視野が広がり価値観が変わり人生観が変わった。

ー人生一度きりだ。自分の本当の気持ちと向き合って生きていこう。
ー安定した収入のためにやりたくもないことを仕事にするのはやめよう。

そんな折、カナダの冬山で後の人生の伴侶となる妻との出会いもあった。
帰国後は東京を離れ暮らす場所として北海道に惚れこんで移住した。
有難いことに自然豊かな環境で3人の子宝にも恵まれたのだ。

★ ★

北海道での現在のアウトドアの仕事は都市部で得られるような安定した生活や高収入とはほど遠いが他人と比べない自分の人生を生きられているような気にさせてくれる。

ところが、いいことばかりじゃないと痛感させられるのがこの熱気球の仕事だ。

熱気球の体験搭乗を商売の種目として開催するには熱気球操縦士と呼ばれるパイロット資格を取得する必要があるのだが、これがなかなか大変なのだ。

まず、教えてくれる教官を紹介してもらいスケジュールを抑える。
期間が決まったらその教官のホームグラウンドまで移動し滞在する段取りを組む必要がある。
そして気球機材と地上スタッフ、必要な車両数台を用意する。
これらが揃わないとスムーズな資格取得ができないのだ。

さらに取得期間は約1ヶ月ほどかかるのでその間の仕事は休むことになる。
教官と毎日早朝に気球に乗って操縦や取扱い方法、天候判断について学び学科では専門知識や保険について、各国での事故事例や安全対策を学ぶ。

そうして車の免許同様に各段階を修了したのち卒検の実地試験をパスして、学科試験に合格すると無事資格交付となるのだ。5年毎に資格更新の手続きもある。

1人のパイロットを育成するのにこれだけの時間、コスト、人手が要るので人選も重要になってくる。すぐに辞めるスタッフを選ぶことはできない。絶対にやめない人物、つまり経営者が取得するのがセオリーなのだ。

無事に資格を取っても商売として成立するかが重要である。開催地の選定は地主との交渉から始まり、気象条件や地形に加えてお客様にとって集合しやすい場所かどうか、トイレや駐車スペースの問題もあれば近隣住民からの理解も要る。

燃料のプロパンガス価格は年々高騰し、気球機材は海外製なので修理部品を取り寄せる送料も高い。

ここまでしても風のせいで中止が続くと売り上げが伸びず事業を継続することは厳しくなる。

そのためこの気球事業が軌道に乗るまではコストをかけてパイロットを増やすことはできないのである。

開催期間中は毎朝5時前に現地に行き天候を見て開催可否を判断するのだ。無事開催できれば報われる、中止になれば徒労に終わる。これを日々繰り返す。こんな因果な役目を誰が引き継ぎたいと思うだろうか。

それでも気球から見える晴れた日の景色はサイコーだ。
その景色を見て感動する搭乗客の喜ぶ姿もサイコーなのだ。

★ ★ ★

「やった。社長!立ち上がりましたよ」

「よし、1回チェックフライトで飛んでみるからお客さんに案内して並ばせていいよ」

「では受付済んだお客様、順番にこちらに並んでくださーい。今日は天気がいいので景色も最高ですよ!」

「うれしー。私たち毎回ダメで今日で3回目なの。もう気球の為だけに旅行に来たのよ!もう死ぬまでに一度は乗らないと死にきれないのよ!」

「風があったのに頑張って準備してたの見てたわよ!本当にありがとうね」

吹く風はいつも違う。
我が人生も他人とは違う。
今日は今日の風に吹かれて行こう。

「社長、俺もパイロットライセンス取ってみたいです!」

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