他人と比較して落ち込んでしまう癖の話
このテーマ、実は未だに私の中で決着がついていません。
ことあるごとに「あの人はうまくいってるのに、私はなんでうまくいかないんだろう...」と落ち込んでしまうことが今でもあります。
以前は「頑張ってるのに何が悪いんだろう」「やっぱり私には価値がないんだ」と、見事に泥沼ループにはまってしばらくめそめそを続けていたのですが、今は「あれ、今誰かと比較しましたよ?」「なんで比較したくなっちゃったんだろう」と、泥沼ループに入る前に自分自身で気づいて立ち止まれるようになりました。
立ち止まれるようになってからは、泥沼ループにはまることも、悲劇のヒロインロードを歩むことも少なくなり、一旦フラットに物事を捉えられるようになったことで、精神的に安定しているような気がします(あくまで当社比)。
なぜ他人と比較したくなるのか
他人と比較してしまう癖は、「自分が思い描いていたような現実になっていない時」且つ「他人が私の思い描いていた理想を実現している時」に発生することが多いということが、長年自分と向き合ってきた結果わかりました。
例えば、「彼とお付き合いをはじめたら、半年くらいでプロポーズされたい!」と思っていたのですが、お付き合いをはじめてそろそろ1年を迎えようとしている現在、プロポーズの「プ」の字すら彼から出てきていませんし、なんなら私から逆プロポーズしようかと考えています。
「出会って2ヶ月、トントン拍子でプロポーズされました!」「付き合って1ヶ月だけど結婚に向けて同棲します♡」なんて投稿を見てしまった時には、「いいな、うらやましい」という感情と同時に「なんで私は望んでるのにそうならないんだろう」「この人たちと私は何が違うの?」と凹みました。
でも、私の中で「はい、今あなたは他人と比較してますよ〜!注意!」と警報が作動してくれたおかげで、一呼吸つけました。
(一呼吸ついて状況を理解した後に、それでも悪態ついてたのは内緒です。笑)
一呼吸ついてからは、「なぜ比較したくなったのか」「何が羨ましかったのか」「なぜ羨ましかったのか」「比較した相手と同じものがほしいのか」など、ゆっくり状況を紐解くようにしています。
プロポーズの件の場合は、こんなものたちが出てきました。
このような気持ちたちを眺めながら、自分の気持ちを整理していきました。
比較対象の人たちと同じものが欲しいかと言われると...プロポーズはほしいけど、ありきたりなプロポーズではなくて、「彼らしい」ものがほしいなと思いました。
「彼らしいプロポーズ」が何かは全く想像つきませんが、ディナーの後に教会に呼び出されてスーツを着た彼が登場、跪いて箱パカみたいなのは全く彼らしくないので、これが発生した場合、感動はおろか、私は終始爆笑することでしょう。
あわせて、100本のバラを持って登場したり、ディズニーランドのシンデレラ城の前だったりもまずありえないですね。というか、私が望んでいない。(彼に望んでいないのではなく、相手が誰であろうとこういうのは望んでいません。)
薄っぺらな愛してるも好きだよも、おっきいダイヤの婚約指輪も別にいらなくて、彼から「彼らしさ全開のプロポーズ」がほしいなと今は思っています。
(具体的にはわかりませんが、「彼らしさ全開のをおねがいします!」とオーダー中です。)
こんな感じで、他人(現実の人もいれば、私が勝手に作り出した仮想の”誰か”の時もある)との比較が始まった時は、なぜそう思ったのかを洗い出して、冷静に見つめることで、「自分が本当に欲しいものは何なのか」を発見し、オーダーにつなげるようにしています。
癖の根源、実はよくわからない
この「他人と比較してしまう癖」を解決するには、発生源を紐解くことが重要ということで、何度もコンサルなどでお世話になりました。
しかし、正直決定打は未だによくわかりません。
「小さい頃に親から言われた一言の影響です」「友達からいじめられていた経験からきてますね」と原因がピンポイントであるならば、もっと治療もしやすいだろうけど、どうにもこうにも思いつきません。
私の両親は誰かと比較してしつけをするような親ではなく、のびのびと育ててもらったし、小さい頃にいじめられた経験もあるけれど、仲直りして楽しく学校生活も過ごしました。
過去を何度も何度も振り返って、何度も何度もコンサルでも指摘していただいたけど、本当に覚えがないんです。
それでもやっぱり「お母さんではないか?」「何かあるはず」とご指摘いただいたので、何度も振り返りはしていますが、でもやっぱり原因は思いつきませんでした。
原因を解決することが最善なのか
「他人と比較する癖」の原因を解明し、完全に解決することは未だできていません。
ですが、癖と上手にお付き合いする術を身に着けたことで、過去に比べてへこんだり欝々とすることが少なくなりました。
逆に「原因を解明してこの癖とさよならしなければ!」「解決しなければ幸せになれない!結婚できない!」と原因がどこかと必死に探して解決しようとしていた時の方が、個人的には大分しんどかったです。
なので、最近はなんでも「解決」にこだわることはないのかなと思います。
かといって「解決しなくてもいいや!」と開き直っている訳ではなく、「解決できる時がきたら解決したい」とオーダーをしています。
この癖も見方を変えれば「周りのことを敏感に察知できる私の強み」とすることもできるので、上手にお付き合いしていきたいと思っています。
もし「これを解決しないと私の願いは叶わない」と苦しんでいるのであれば、その事象とのお付き合いの仕方を見直してみるのもいいのかもしれません。
しっかり者さんやお仕事ができる方なんかは、「問題解決」に注力するあまりしんどくなってしまうこともあると思うので、そんな時は「解決」しなくてもうまくいく道があったり、今の自分ではなく未来の自分に解決をお願いするのもいいかもしれないです。
以上、「解決」にこだわりすぎた私の実体験でした。
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