わい

私が君になれないように、君も私にはなれない。

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マガジン

  • お茶が運ばれてくるまでに

最近の記事

君の魔法で咲く花よ。

陽が海の底へ沈んで、溶けだした朱が夜空と混ざり淡い紫色をつくる頃、彼女は魔法の杖をひと振りした。閃光が花開いては、舞ってゆく。 この時間だけ、なんでもない僕らでも魔法使いになれるから。 日没の海辺、ひとけの無い砂浜に二人。 夏本番にはまだ遠く、夜は半袖一枚では少し心許ない。日中の熱気を冷ますかのように吹く風が彼女の白いワンピースをはためかせた。 燃えつきた線香花火を片手に、こちらを見て少し寂しそうな笑みを浮かべている。覗いていたカメラから顔を離す。 「終わっちゃった

    • 再演された、退屈とは程遠い世界へ

      9公演完走の労いと、誕生日の祝いの言葉を込めて、おめでとうございます。 ※廻人東京公演二日目の公演内容について触れる記述があります。 * 入場ゲートの向こうにぼんやり懐かしいアニメーションがぱらぱらと流れているのが見えた。 帰ってきた。と思った。 二年前の記憶と重なって、遠ざかる。 長かった。あの時とは、何もかもが違う。 人々の意識がこんなに変わってしまうなんて、あの時虚空に掲げた手には微塵も掴めていなかった。 それでも、帰ってきた。 待ち侘びた同胞がここに

      • 恋願う

        両手で、市販されているごくありふれた封筒を握っていた。 皺にならないように、傷が入らないように、そよ風が頬を撫でるくらいの微かな力で。だけども飛ばされないように、風よりも強かに。 封筒の中にはひと月以上も書いては消して、書いては丸めて捨ててを繰り返したのちにようやく書き終えた便箋が一枚。 何度も推敲したんだ。なんて書いたかは一字一句逃さずに脳裏に焼き付いている。 これでいい。これしかなかった。 僕の気持ちが勝手に喉を飛び出る前に。 僕の手が、すれ違いざまにあの人の腕を

        • おそらく私たちはもう、ひとつめ様に魅入られている。

          * 注:この文章は映像作品『Adam by Eve: A Live in Animation』のネタバレ要素及び考察を多分に含みます。未視聴の方などは特にお気をつけください。 * エンドロールが流れ切って終演の挨拶を聴き届けたとき、誰も拍手をしないのが不自然なくらいの何かを観た、と思った。 劇場で作品を観て、こんな気持ちになったのは初めてだった。 いつだって映画館の席に座れば、どきどきはする。広告が全て流れ終え、暗転すると深呼吸したくなる。スクリーンだけが明るくなり

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        • お茶が運ばれてくるまでに
          7本

        記事

          さんがつここのか

          * 3月生まれの、大切な旧友へ捧ぐ。 * いつもと変わらぬ朝だ。 ようやく冬のぴんと張りつめた空気が解けてきて、穏やかな陽射しを暖かいと思えるようになってきた。 ただ違うことがひとつ。 遠山美凪(みなぎ)はハンガーにかかった制服に手を伸ばした。 今日この服を脱いでしまえば、もう高校生活は思い出へとすり変わってしまうということ。 「あっという間だったなぁ。」 ひんやりと冷たいワイシャツに腕を通し、ボタンを留めていく。 階下では双子の凪紗(なぎさ)がせわしなく

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          雪の妖精

           その日は都内では珍しく、一日中雪が降り荒んでいた。アスファルトは陽が昇る前からすっぽりと雪に埋まり、真っ白だった。太陽が少しも姿を見せないために空気は凍りそうなほど冷たかった。  それでも構わずに外へ飛び出したのは、まだまだ自分がランドセルに背負われているような子どもだったからだ。学校からの休校の連絡に跳んで喜んだ。風邪引くからという親の制止も振り切って家の近所の公園へ飛び出したんだ。  住宅街の真ん中に広々と構える公園は遊具も、球技が出来るスペースも備わっていた。近所の

          雪の妖精

          死なないで、なんて傲慢だ

          死にたいと言った友達がいた。 私は本当に大切な友人だと思っているし、死んで欲しくはなかった。 友人は幸いにも今も生き続けていてくれているが、かつて生きて欲しいと言ったら友人は無責任だと怒った。 私は死ぬことについて考えるほどつらかった時、生きていて欲しいというただそれだけの言葉を存在理由の欠片として受け取るほどには、他者に評価も価値も委ねていた。だから「死にたい」という言葉を口にする友人たちにはいつだって生きて欲しいと願い続けているし、機会があれば口に出して伝えた。 それ

          死なないで、なんて傲慢だ

          言霊というのは多分ビー玉のような形をしている

          文章なんて言ってしまえば文字の羅列だ。 この世界には隙あらばそこかしこに敷き詰められ、積み上げられ、掲げられているし、まるで目の前を快速列車が通過するかのように視界に閃いては遠ざかっていく。 それをああ好きだと思うときがあるのは何故なんだろうと考えた。 すぐにさよならだと分かっているときに沸く情とおんなじだとすれば、こんなにも空虚なことはないのだ。 好きな文章、好きな文章って何だろうとぼそぼそ小さな唸り声をあげながら、「好きな文章」を探しては読んだ。 それは、

          言霊というのは多分ビー玉のような形をしている

          白紙の地図を埋めたくて、今日も歩いている

          高校での海外研修を機に申請した五年パスポートが先月、ただの小冊子になった。 それと同時に、新しく申請した赤色の旅券を取りに行くまで、私は確かに存在するのに身分証明のされない人の形をした何かになってしまった。 何となくどこか遠くのまだ見ぬ世界へ飛び出そうにも、今の私にはそもそもそんな権利がないことを思い起こす。 SNSに流れてくる航空券のセール情報も、ありふれた広告になって手のひらから滑り落ちた。 人々の日常の渦に取り込まれて、すっかり見えなくなってから、ふと思い当

          白紙の地図を埋めたくて、今日も歩いている

          写真に残せないひとたちへ

          『先生はね、あなたたちの担任になれて幸せだったよ。』 小中高と、自分が学生であった頃、別れの季節に耳にした台詞だった。 当時の私にはその言葉の意味がよくわからなかった。 今日までクラス総出で先生の手を焼かせてきたのに? 先生は、クラスの子の対応に悩んで私たちに涙を見せたのに? 散々注意をさせたし、言うことも聞かなかったし、苦手な教科は少しも分からないままで終わってしまいそうなのに? そんな疑問が頭の中でぐるぐるしていた。 幸せという感情は、楽しいという気持ちの延

          写真に残せないひとたちへ

          喜んで怒って哀しんで楽しんで、そして愛する

          例えば、 好きな人があなただけに向けて笑うとき。 憧れの土地に足を踏み入れたとき。 人生でもうこんな素敵なこと二度とは来ないだろうなあなんて思ったとき。 そんな瞬間が流れ星のように突然きらめいたならあなたはどうするのだろう。 日記に書く人がいるだろう。 写真に収める人もいるだろう。 とっておきの大切な人に話すかもしれない。 今のご時世SNS投稿するのだって朝飯前だ。 もしくは、あえて表には出さずにそっと心の奥に閉まっておくんだろうか。 私は感情がメーターを振り切

          喜んで怒って哀しんで楽しんで、そして愛する

          始まりのゴールテープ

          【書き出し固定:あれは平成の夏だった】 あれは平成最後の夏だった。 抱え込んだ資料の束が手から離れて床に舞い散るときと同じように、色褪せた記憶が静止画となって脳内を舞い落ちる。 熱っぽいそよ風に揺られる一面のひまわりも、君が差し出すあんず飴も、海辺ではしゃいで舞い上げた水しぶきも。 何でもないはずの記憶の一片がすべて、必死に伸ばす手をすり抜けていった。 「今年で最後だね。」 君が持つ残り一本の線香花火の火玉が静かに落ちたとき、君は今生の別れのようにそう呟いた。どんな

          始まりのゴールテープ

          #私が旅に出た理由

          5/16 かつて、松尾芭蕉が“おくのほそ道”の旅を始めた日。そんな日が今では #旅の日 らしいから、旅のお話でもしようか。 電車にして2駅先までで完結する世界しか知らない私には、その外はもちろん、海外なんて夢の国みたいだった。 “小説の中に文章だけで描かれる世界”と同じくらい手には届かない存在。目を閉じればこんなにも頭の中では鮮明なのに、目を開いた瞬間音もなく崩れ去るそんな場所。 それが、大きなリュックに荷物を詰め込んで、飛行機に乗れば眼下には待ち遠しくて仕方ない憧

          #私が旅に出た理由

          風船のこころ

          期待って残酷だ。 もしかしたら、もしかしたらなんて気持ちばかり膨れ上がって、ぱちんと弾けたら実像の小ささに寂しさすら覚えてしまうのだ。それでも何回でも同じことの繰り返しをしてしまうのは、つまりはこのふわふわした感覚の虜になってしまっているのかもしれない。 今だってそうだ。 目の前で幸せそうにパフェを頬張るこの人に、私の心はふわふわと主をなくした風船のようだ。

          風船のこころ

          風の訪れ

          出会いは、唐突だった。 歩いていたら、突然つむじ風が吹き上がって反射的に顔を背けるような、あの瞬間と同じくらい俄に起きた。こういう言い方をしては、どうも掻き乱して去っていったように聞こえてしまいそうだけれど、“彼”はどちらというと、春から夏にかけて頬をくすぐる爽やかな風だった。彼は、普段そこまで大きく開けることのないであろう瞳をぱっちりと開け、くるりとした黒目でこちらを見ていた。 「ああ、あなたが宮岡くん……ですよね。」 慌てたように頭を下げ、顔を上げたときには、くすく

          風の訪れ