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『ぼくの平成パンツ・ソックス・シューズ・ソングブック』の編集者的あとがき

編集者としての「瞬発力」があるほうかといったら、圧倒的にないと自覚する。

自分のSNSをさかのぼってみると、松永良平さんがnoteで自主的に連載されていた「ぼくの平成パンツ・ソックス・シューズ・ソングブック」が面白い、と言い始めているのが2月のこと。この時点で、松永さんの連載は「1」、すなわち1998(平成元)年から始まってすでに「28」、2016(平成27)年。毎日書かれていたので1ヶ月ほど経っている。最初から見ていて、このタイミングでSNSに書いたのだったか、このとき読みはじめたばかりだったかは覚えていないけれど、2月の時点で「メチャクチャ面白い」と言っていたのだ。そしてうっすら覚えている。「本にならないのかなあ」と思ったことを。

なぜそのときに、「本にしましょう」とすぐに連絡しないのか、それが仕事だろ、と自分に思う。

わたしが松永さんに「本にしませんか」と連絡をしたときはもう9月だった。とっくに令和なわけである。なんとなくぼんやりと、平成のことを考えていて(たぶん、折坂悠太の『平成』を聴いていた)「あの連載、だれも本にしてないんじゃないか? あれ、本にするとしたら、今年じゃなきゃダメなんじゃないか?」と急に焦りはじめ、松永さんにメールを送り、会ってもらったのだった。打合せは渋谷の「茶亭 羽當」。連載のなかで、松永さんが永井宏さんとの打合せに使ったと書いてているお店。この本が決まったら、いつもここで打合せをしようと思った。(実際は、ロイホでも打合せしたし、ルノアールでも打合せした。そんなにかっこよくはいかない)

さて松永さんとお会いして、そのときにどこまで話が進んだのだったか。わたしからお伝えしようと思っていたことは「晶文社に企画を持ち込みたいと思います、その際は、装丁を平野甲賀さんに」ということで、結果的に伝えたのは「晶文社に持ち込みたい」まで。その時点で、松永さんも「だったら平野甲賀さんに装丁を頼みたい」とおっしゃった。決まりだ。

タイトルは、正直これ以外ないと思ったものの、ごく普通に考えて企画会議で通るものなのかは自信がなかった。長いとか、意味がわかりづらいとか。ただ、甲賀さんに装丁をお受けいただけて、甲賀さんの描き文字でこのタイトルが踊ると思ったら、ぴったりなんじゃないかと思った(もしこれが活字で入るとなったら、迷ったかもしれない)。その後、無事にタイトルが確定して甲賀さんと電話で話したときに、「良いタイトルじゃないですか」と言ってもらえて、ほら、いいタイトルなんじゃん!と確信した。(晶文社のみなさんも逡巡があったと思うけれど、通してもらったことには本当に感謝です)

余談になるけれど、甲賀さんと電話で話したときに、というかこの本をつくると決めてからずっとぼんやり頭にあったのは津野海太郎さんの『おかしな時代』。津野さんと松永さんを結びつけるわけではないけれど、『おかしな時代』から感じられる、青春時代の濁ったきらめきみたいなものと、その場に立ち会った人にしか書けない奇跡は、『ぼくの平成パンツ・ソックス・シューズ・ソングブック』と通じるものがあると感じていて。甲賀さんにそんな話をしたら、あの「ピンクのギンガムチェック」の裏話をしてくれたのもうれしかった。

改めて、この『ぼくの平成パンツ・ソックス・シューズ・ソングブック』という本を紹介すると、松永良平さんが大学生だった1998(平成元)年から平成のおわる2018年までの1年ずつに、その年を思い起こさせる1曲とともに綴った青春の記録。そこには雑誌をつくらんとする3人の姿が、自分がなにをしたいのかわからないまま進んでいく松永青年の姿が、次第に「ライター」として仕事を得ていく松永良平さんの姿が書かれている。でもそれが決して松永さんの自分語りだとは思えないのは、そのそばにずっと音楽が、レコード屋があるからなのだと思う。人生の脇役としてではなく、数々の主役として。

松永さんは自分語りをしていないけれど、この本を読むと自分語りがしたくなる。わたしもこれを読んでいたとか、このアーティストが好きでこんなことを思っていたとか、このときこの場所にいたとか、松永さんと知り合ったのはいつ頃だったとか。(最後のところだけ思い出しておくと、たぶん2004~5年頃。まだ大学生で、この本にも出てくるレーベルでスタッフをしていたわたしが社長に連れられて松永さんの務めるレコードショップに行ったのがはじめて。松永さんは覚えておられないと思う。あのころのわたしが行くレコード屋といえばざっくりいうとディスクユニオンか高円寺のBASEか西新宿のNATかくらいのもんだったから、ものすごい場違いなところに来てしまったと思ったのを覚えている。まあこれは知り合ったというには足りない出会いかも)

もうすぐ2019年が終わります。
「令和」になじんだとは自分でも思えないけれど、かといって今年のはじめがまだ「平成」であったことは遠いような気もする。あなたにとって平成の30年とすこしが、どんなものだったか、この本を読んでいただけると、松永良平さんの個人史をBGMのように、平成を振り返れるかもしれません。

『ぼくの平成パンツ・ソックス・シューズ・ソングブック』


◎おまけ
そしてさらにその読書のBGM用に、この本に出てくる印象的な曲をspotifyのプレイリストにまとめました。すべてを網羅できてはいないけれど、きっと読書にわくわくを添えてくれると思います。

このリストに(spotifyにないため)入れたいけど入れられなかった曲も多々あるのですが、そのなかでもぜひ聴いておいてほしい曲をひとつ貼っておきます。

ちなみに、冒頭の瞬発力の話なのだけど、わざわざ人に読まれるところに書くくらいだから、わたしはわたしでこれがものすごい欠点とも思っていないようなのだ。でもそれが編集の仕事をするうえでどういうことなのか、それはこれから本を作り続けるなかで自分でも考える必要があると思う。瞬発力なく本を作ることについて。

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