見出し画像

モダンは“また”死ぬのか? 前編 『スタンの次でなくなり、そして。』

 皆さんこんにちは。
 今回は、MTGの歴史の中でも人気の高く歴史あるフォーマットであるモダンを、MTG暦6年とかのペーペーが語っていく記事です。
 まあ小学生が卒業するくらいの年数なので、MTG暦中学生としてやってみます。
 結論を先に書くと、フォーマットのそれぞれの持つ魅力とか、現在のモダンの立ち位置とか、その辺りの考察となります。
 フォーマットのアイデンティティとは何か。
 増え続けるフォーマットがそれぞれにユーザーを奪い合う状態でその果てに何があるのか。
 なお、筆者はこの記事全体において、リアルタイムではほとんどプレイしていませんので、あくまでも知識での考察となります。
 恐竜学者が生きた恐竜を知らなくても分析をせざるをえないわけで、その時代に生きていないことを諦める理由にしないとか、そんな感じだと思って下さい。




『フォーマットはなぜ死ぬのか』


 まず、前提としてモダンは一度死んだフォーマットであることを説明していきたいと思います。
 制定当時のモダンは、スタンのローテーション落ちしたカードを遊ぶための場、だったらしいとのこと。

https://mtg.bigweb.co.jp/frontier

(2011年)5月
エクステンデッドに代わる環境としてモダン・フォーマットが制定される。

上記記事より

 知識でしか知らないのですが、当時はスタン落ちしたカードを遊ぶためにエクステンデッドという拡張スタンダードのようなフォーマットが存在し、モダンはその先としてデザインされた、と。

 で、そのエクステンデッドが死んだフォーマットである、というのも大勢において共通認識であるでしょう。
 カードさえ揃えれば当時のように遊ぶことはできるとはいえ、公式でのサポートもなく、プレイ人口が増えることはほぼありません。
 現在も遊んでいるコミュニティもあるかもしれませんが、それは他の絶版TCGなどと同じく、文化的にはノスタルジックで素晴らしいのですが、現役のフォーマットであるかといえば、言い淀むしかないわけで。

 そいでもって。
 現在のモダンはといえば、公式のサポートもあり、そういう意味では現役です。
 ここでの“死”の意味は、『現在のモダンはローテーション落ちしたカードたちの就職先として不適当である』ということですね。
 そもそもの話、これも知識での話になって恐縮ですが、かなり以前、具体的には2010年代から『モダンはスタンの次の遊び場としての役割を担えていない』とされています。
 証左としては、大手カードショップであるBIG MAGICさん(以下BMさん)と晴れる屋さんの両社で遊ばれていたオリジナルフォーマット、『フロンティア』が雄弁ですね。

 今、上記記事のリンクを追ったら晴れる屋さん側の記事は公開終了でした。
 こういう記事は史料価値があるので残しておいて欲しいのですが、サーバーやメンテだってタダじゃないんだし、しょうがない。
 で、BMさん側の記事を漁ると、2016年頃のカラデシュ辺りの記事が見つかりました。
 つまるところ、モダンは2011年に生まれ、2016年段階では既にスタンの次としは疑義あるフォーマットだった、ということですね。

 断っておきますが、これ自体は決して問題ではありません。
 そもそもの話、MTGは世界初の本格カードゲームであり、道を切り拓いていった先駆者なわけです。
 どこにもマニュアルなんて存在しない中、トップランナーとしてカードゲームという概念を作り続けてきた存在。
 そんな中、『エターナルは敷居が高いけど、スタン落ちしたカードたちで遊びたいな』という思いに応え続けてきたフォーマットこそモダンであり、その成果として支持され続ける存在であることは、疑問の介在する余地はないでしょう。
 なので、モダンが5年ほどでその役割を担えなくなったのも、仕方ない部分もあったでしょう。
 ――そう、これこそが、モダン一回目の死です。



『モダン二代目=パイオニアの誕生』


 そして、『スタン落ちしたカードたちの就職先』として登場したのがパイオニアです。

 上記記事によると、2019年10月に制定されたとあります。
 というか、これは僕も記憶にありますね。このちょっと前くらいに始めたので。
 便宜上、かつてのモダンやフロンティア、現在のパイオニアが担っているスタンの次、という役割をこの記事ではスタンネクストと呼称します。
 パイオニアは現在、スタンダード向けの新弾が発売するごとに環境に新デッキが誕生しつつも、旧来のデッキも多くが生き残り、スタンネクストとしての役割を果たしています。

制定直後から現在までパイオニアの顔として君臨。
青白コントロールというアーキタイプも同じくパイオニア常連。
筆者世代のプレイヤーは、コントロールといえばこのカードを連想する人も多いのでは。
環境を破壊するようなカードはしばしば登場するもののコンスタントに禁止されている。
《ウーロ》、《オーコ》、《ソリン》、《アマリア》……懐かしい……。

 これを執筆している段階(2024年年末)でパイオニアは5年が経過していますが、まだまだスタンネクストとして理想的です。
 新弾が出るたびに環境が激変し、スタン落ちしたカードも存在感を発揮し続けていますからね。
  

ダスクモーンより。
スタン向けの新規カードが環境を席捲している。
ブルームバロウより。
パックに拠るがエキスパンションごとに変遷が見られる。
スタン落ちしましたが、下環境でも存在感がある。


 これは、モダンの残したデータによって今のパイオニアがあると考えています。
 モダンは5年と待たずにスタンネクストではなくなってしまったかもしれませんが、そのノウハウはパイオニアへと引き継がれています。

パイオニア制定時からの禁止カード。
フェッチサイクルの禁止により、パイオニアは故意的に色基盤が脆弱。
多色化は明確なリスクが生じ、試行錯誤の余地が生じている。

 恐らく、パイオニアがスタンネクストでなくなるのには更に数年が掛かるでしょうが、それはモダンのノウハウのおかげです。
 いわばパイオニアは『スタンネクスト二代目』というべき存在であり、パイオニアがその役目を担えなくなり、『スタンネクスト三代目』が必要となるとき。それがパイオニアの死です。

 で。
 スタンネクスト初代……モダンそのものが、パイオニアの登場によって当初の目的である『モダン(近代的)』という新しいカードたちの受け皿としての役割完全に失いました。
 んじゃあ、今のモダンは何者なのか? という話がやってきます。
 エターナルフォーマットではない、スタンダードでもない。
 アイデンティティとしてモダンはどのようなプレイ体験を目指すべきなのでしょうか。レゾンデートルなき存在は存在たりうるのか。
 哲学めいた話ですが、極端な話、楽しければなんでもいいといえばそれまでですが、どんな楽しみ方を目指すべきなのか? それは常に哲学なのです。

 ユーザーが楽しいと思うなら、このシミック3マナ三羽烏は全て解禁しても良いのです。
 デッキの大半がシミックカラーとなりながらも、ユーザーが楽しいと思えるならそれも一興。
 ですが、恐らく大多数のプレイヤーは『ふざけるな!』と言うでしょう
 それこそが『目指すべきプレイ環境』という概念であり、目指すべきフォーマットの指針となります。
 環境の多様化と健全な環境への訴求となります。
 では、今のモダンとは何者なのか? どこを目指すべきなのか?

 続編ではモダンのインフレと、インフレによってレガシーとの同一化など、その辺りの話です。

当記事はファンコンテンツ・ポリシーに沿った非公式のファンコンテンツです。
画像はMTG日本公式より引用しています。
ウィザーズ社の認可/許諾は得ていません。
題材の一部に、ウィザーズ・オブ・ザ・コースト社の財産を含んでいます。
©Wizards of the Coast LLC."

いいなと思ったら応援しよう!