STの教科書に見られる音声記号の変わった代用の話
企画紹介
本記事は,アドベントカレンダー企画「言語学な人々Annex Advent Calendar 2024」19日目の記事です.松浦先生,企画ありがとうございます.
本館はこちら,別館はこちら
note 初めて使うのでお手柔らかにお願いします.
また,特にすごい学びになるわけではない話を,エッセー的につらつらと書いているので一部読みづらいところがあるかと思います.お許しください.
自己紹介
本題に入る前にごく簡単に自己紹介をば.
某大学で学部→修士と言語学や音声学を学んでから,ST (言語聴覚士) の養成校に入学したものです.
この記事は卒業論文の休憩がてら書いています.
まえがき
音声を文字として表すのには IPA (国際音声記号) を筆頭に様々な表記のものがある,というのは広く知られていることだと思います.
自分自身も音声学を学ぶ過程で,IPA にあるものの調音の仕方や聞き分けを身に着けると同時にそれぞれの記号を覚えてきました.STを志してからはextIPA や VoQS にも興味を持つようになりましたが,結局養成校に入ってからこれらの言語障害用の記号が使われているのはみたことがありません.
IPA の記号の中にはラテンアルファベットをこねこねしたものがあったり,ギリシャ文字があったりと音声学を学ぶまでみたことがない文字が含まれるかと思います.そんな記号たちはパソコンなどでの入力が不便だったり,時代によってはその文字を打ち出すフォントがなかったり,などの問題を抱えてたりするのだと思います (このあたりの話はあまり詳しくないので深入りはしません).
自分は普段のレポート等を LaTeX と TIPA で打ってしまうのであまり気にしていなかったのですが,養成校入学当初は同級生から「音声記号ってどうやってレポートとかに打つの?」という質問をよく受け付けたものです.
さて,そのような問題を解決ないし回避すべく,特に問題の起こらない範囲で珍しい記号をより平易 or メジャーな記号に「代用」するという方法が取られるということは想像に難くないかと思われます.
ST に関連する話で例を挙げるのであれば,構音障害 (ざっくりいうと発音の障害) の検査の一つである「新版構音検査」では日本語のラ行音を [r] で書きます.
(まぁこれがここまで述べてきたような入力都合上の「代用」なのかは怪しいところで,[ɸ] [ç] [ɕ] は新版構音検査でも使うんですよね…)
きっとこのような現象というのはどんな領域でもあることだと思います.
本題
ようやく本題です.これ以降記号を見やすくするために原則的に [] で記号をくくりますが,それ以上に深い意味はないと思ってください.
このテーマの実例に出会ったのは,とある教科書を読んでいるときのことです.テスト前に教科書をつらつらと読んでいるときに,見慣れない記号が目に入りました.

私自身文字というものに詳しいわけではないのですぐに「この文字だ!」というのはわからず,しばらく頭を巡らせて「あ,ゼータか」となりました.
さて,これを読んでくださっている方はこの [ζ] が何の文字の代用かわかりましたでしょうか?
正解発表をじらすような内容ではないのでさらっと答え合わせをしますが,[ζ] は [ç] の代用でした.
ζ ç
言われてみればわかるかな?という感じですかね.c っぽい左半円のような形と下ににょろんとしたパーツがあるから代用の記号として白羽の矢が立ったのかと思われます.
プリント無くしたのですが,自分が授業を受けた先生の中には [ϛ] (調べてわかったのですが,これスティグマというらしいですね) を [ç] の代用に使っている人がいましたね.
お次はこちら.

見慣れないもので言うと [F],[dγ],[η] がありますね.
[F] はそこまで直感に反せずわかりそうですね.おそらく [ɸ] の代用でしょう.記憶が定かではないですが,構音検査の前の版では [F] 表記だったという話が合ったような.
[η] (イータ) も言わんとしていることはなんとなくわかりそうですね.
[k],[g] と並べられているのでおそらく [ŋ] だろうと.形似ているし許せそうですね.
[γ] (ガンマ) については未だに自分の中でも何を表しているのか結論が出ていません.
[t],[ts],[tʃ] があるのと,それに対応する (有声性という意味で) [d],[dz] がある ([dz] が2個あるけど1個はきっと [d] でしょう) のを考えると [ʒ] なんですかねぇ…
形としては [ʑ] の方が近くもない気はしますが,[ɕ] を使っていないのでその線は薄そうです.
素直に [ɣ] の音かというとここに書くのは明らかに違和感があります.
何を指しているか分かった方は教えてくださると嬉しいです.
あとがき
特段これといったオチがなくて申し訳ないですが,私はこういう例を発見するたびに「うわw 気持ち悪い,でも面白いwww」という気分になります.
IPA そのものの記号体系は好きではあるものの,特定の世界でのみ使われる表記みたいなもの (Wikipediaにあるのはアメリカ二ストが使う記号の例や,中国語学系の学者が使う記号の例) も自分は好きなので,こういう例は大変興味深いなと感じてます.
皆様の所属する世界で「こういう代用があるよ!」「これを口角習慣があるよ!」というものがあれば教えてくださると嬉しいです.
では,卒論に戻ります.
お読みいただきありがとうございました.