【フルートの歴史とその特徴】コンサート形式で振り返る時代を経るフルートの美しさと個性
みなさん、こんにちは!フルート奏者の佐々木華です。先日、数年かけてあたためたルネサンスコンソート(ルネサンス時代のフルートのアンサンブル)のコンサートを行いました。ふと、今年度の活動ではフルートの歴史とともに様々な音楽をご紹介するお仕事をいただいたことを思い出し、自身の備忘録もかねてnoteに記します。
夏に荒川区のご依頼と東京藝大同声会の後援をいただき、荒川区立生涯学習センターの区民カレッジにて「歴史とともに味わうフルートの肖像」と題して講話とミニコンサートの講師を務めさせていただきました。
第1部はトークを交えながらフルートという楽器とその歴史についての紹介、2部は実際にフルートの長い歴史を感じていただけるような曲目の演奏会を複数の楽器を使ってお楽しみいただきました。第1部でお話しした講話を抜粋して、こちらに書き留めておきます。
私は、現在フルート奏者として、東京はもちろん、日本やアジアなど旅をしながら演奏活動をしています。時には海外の教会で演奏したり、また時にはこうして皆さんに音楽や楽器の魅力を広める機会をいただいたり、またおうちからYouTubeで演奏を届けたり、といったこともしています。
今や、自宅で気軽に世界中の音楽が聴ける時代となりましたが、その昔、まだ電話もないような時代から、実はフルートの歴史は始まっているんですよね。
「横笛」という楽器は最古の記録で紀元前9世紀頃のものがあり、そうなると30世紀ほど昔に遡ることになるのですが、今日は少しだけ時代を遡って約500年前の16世紀にタイムスリップしてみましょう。
古代から中世の時代を経て、ギリシャやローマの古典文化の価値の再発見し、古典の研究と復興を通じて人間の品性を高めようとした文化運動の時代といわれる「ルネッサンス」の時代(レオナルド・ダ・ヴィンチをはじめとする数々の偉大な芸術家が生まれた時代です)に、実はフルートも爆発的な人気を得たと言われています。
それが、ルネサンスフルートと呼ばれる楽器です。
今日は、ディスカント(ソプラノ)と呼ばれる小さなルネサンスフルートと、テナーという一般的な大きさのフルートを、持ってきています。もう少し大きなバスフルートもあるのですが、こうした主に3種類の楽器を用いて、合奏をすることが多かったようです。たくさんの音楽同好会が作られ、アンサンブルが楽しまれていました。今日は、ルネサンスのコンソートという室内楽の合奏の様子も少し味わってみてください。
時代は変わり、少し歴史が進んで17世紀になると、オペラが誕生し、「バロック時代」がやってきます。バロック時代の哲学者「デカルト」が唱えた6つの「情念」…「驚き」「愛」「憎しみ」「喜び」「悲しみ」「欲望」といった感情をダイナミックに表す表現が求められた時代です。
そんな時代のフルートですが、少し進化をしてこのようになりました。ルネサンス時代のフルートは人気を失ってしまっていましたが、キーがついて改良された新しい「バロックフルート」は、フランス貴族の間で大流行したと言われています。音程や運指が楽になって、よりアンサンブルがうまくできるようになったバロックフルートですが、代償に明るく軽やかな音が失われてしまい、少し憂鬱な音色の楽器となりました。
それではこのバロックフルートとチェンバロのアンサンブルをお聞きください。
バロック時代というのは、オペラが誕生した1600年から、バロック時代の有名な作曲家J.S.Bachが亡くなった1750年までと言われています。ルネサンス、バロックとそれぞれの時代に求められたフルートは形を変えて進化してきましたが、バロック時代が終わった1750年、18世紀後半からの時代、フルートはどのように進化していったでしょうか。
現代でも、ちょっと良い暮らしをしている人々を「ブルジョワ」と言ったりしませんか?実はそう言った財産を持った人々や貴族、少し高い階級の市民が力をつけたのがここからの時代です。
バロック時代には、絶対的国家のもとで、王のために捧げる音楽が数多く作られましたが、音楽は宮廷人の嗜みとなり、やがて幅広い市民の層にも純粋な楽しみとして愛されるようになりました。
そして、バロックのように光と影があり、複雑な感情表現を用いる手法がだんだんと時代遅れになるとともに、単純で覚えやすく演奏しやすい曲、軽くて明るくみんなが幸せな気分になれる曲が好まれるようになりました。
ちょうどこの時代に活躍した音楽家がW.A.Mozartです。モーツァルトの父レオポルトも、息子への手紙の中で、「10人の本当の通に対して、100人の無知な人がいるものだ…だから長い耳をくすぐる、いわゆる人受けのするものも忘れてはならない」と注意をしたそうです。
ところで、そんなモーツァルトはバロック時代のフルートはまだまだ複雑な指遣いと、不揃いな音程を持っていたためあまり好きではなかったようです。バロック時代には、そうした不揃いさがまた良いものとして捉えられていたのですが…。たった一つだったキーが、どんどん付け加えられ、改良すべき欠点が均一になっていきます。
こうした改良は当時産業革命により産業最先端のイギリスから徐々に広まっていったそうです。
ちなみに、楽器の改良に貢献したイギリスの産業革命ですが、同時時期にフランスで起こった1789のフランス革命では、農民から税金を搾り取り、贅沢三昧をしていたルイ16世とマリー・アントワネットが市民によって処刑されました。この革命も近代社会への第一歩として位置付けられています。悲劇的な最後を遂げたマリー・アントワネットの性格には諸説ありますが、芸術やファッションに情熱を注ぎ、気品のある人物で、趣味はピアノとハープだったそうですよ。
お見せしているこのフルートは、そんな革命を経て、新しい技術で改良された8つのキーがついたフルートです。現代でも、人工知能が開発されて、文章を書いたり、家電のスイッチを入れるのもコンピューターにお任せできる時代になりつつありますが、どうしても最新技術の導入というのは、古くからの味や、卓越した技術を大切にしてきた職人には受け入れ難いものです。特に、革命の恩恵を受けたイギリス以外の国では、こうしたキーのたくさんついたフルートは、プロフェッショナルの演奏家に強い反感を買い、管楽器の先進国であったフランスでは特に嫌われていたそうです。
そういったわけで、せっかくキーフルートが発明されたのにも関わらず、すぐには浸透しなかったようですが、産業革命の時代に生きたモーツァルトの後期の作品のころには、こう言ったキーフルートのために書かれた楽曲も姿を表し始めました。ルネサンスやバロック時代には演奏できなかった低いドの音も、演奏することができるのが特徴です。
モーツァルトの楽曲を、後半のコンサートではこの楽器で演奏します。また、コンサートでも演奏しますが、この8キーフルートとチェンバロの編成での演奏を聞いてみてください。
さて、ここまで3つの種類の楽器が登場しましたが、時代で言うと16世紀から19世紀くらいの間の300年ほどを遡りました。
それぞれの時代のフルートには、それぞれ良いところと、問題点があり、先ほどのキーフルートの問題点というのは、メカニズムが複雑になり、音の連結によっては、せっかくのキーを使うことができなかったり、バネが硬くてキーを動かすのには指の力が必要だったので、早い曲ではなかなか使いづらいということでした。
しかしここまで来ると、要求はかなり多岐に渡り、高度にもなってきます。さまざまな改良をされたフルートが乱立しましたが、その中でも大きな発明となったのが、現代のフルートのモデルとなった「ベーム式フルート」の開発です。
19世紀には、フルートの改良に伴って、名手たちが活躍し、技巧的な曲がたくさんできてきました。「ゴールデンエイジ」と呼ばれるフルート作品の黄金期でもあり、たとえば、オペラの名曲の主題を、超絶技巧の変奏をたくさんつけてアレンジしたような楽曲がたくさん作られ、演奏されるようになってきました。少し長い曲ですが、ここでフルート界の巨匠・フルートの神様と言われたマルセル・モイーズがよく演奏したといわれている、タファネルの「魔弾の射手」による幻想曲の演奏をお聴きください。
さて、このベーム式フルートについて、最後に説明したいと思います。これまでの時代は、キーのないフルートはトーンホールという音穴を指で塞いでいたため、指で塞ぐことができる小さなサイズとなっていました。じきに、ニコルソンというフルート奏者が自分の指で塞げるギリギリのサイズまでトーンホールを広げた改良楽器でコンサートをした際、ベームフルート開発者のベームさんは、迫力のあるニコルソンのフルート演奏に感動したそうです。そのため、ベーム式フルートはトーンホールを大きくする工夫がなされ、指ではなくキイでしっかりとトーンホールを塞ぎ、またその仕組みもキイを押さえていないときはトーンホールが開いているように改変し、なるべく音の抜けが良くなるようにしました。
このフルートも、ベーム式フルートの仕組みで作られていますが、リングキイという、指で塞いでいない時はさらにキイにもリングのように穴が空いていて、キイの塞ぎやすさと音の抜けの良さのいいところどりのようなオプションとなっています。
ここまで、ルネサンス時代のフルート、バロック時代のフルート、18世紀後半からの時代のフルート、そして現代のフルートと、4つの時代に分けてフルートの歴史と、歴史に即した楽器の特徴をご紹介してきましたが、皆さんはどの楽器がお好きでしたか?
改良を重ねて、現代の形となった、ということもできますが、それぞれの時代に良しとされる美しさがあり、必要とされる形も異なっていますから、それが時代ごとのフルートの美しさであり個性なのではないかな、と思います。
私は、大学時代からこのような歴史的なフルートの音色に魅力を感じて以来、さまざまな時代や国の音楽や楽器、そして異なるルーツやジャンルの音楽の世界に関わっています。それぞれが楽器や音楽の文化だけではなく、それを作り上げた人の感性や、歴史的・文化的な背景など、地球上のさまざまな出来事に影響されて生まれたものと思うと、ほんとうに愛着が湧くし興味深いなと思って、さまざまな楽器や音楽の世界を深めています。
※第2部では、第1部で紹介した楽器の中から、18世紀後半以降に使用されたといわれている8keyのクラシカルスタイルのフルート、そして現代のベーム式フルートの2本を使用して、古典時代のオーストリアで活躍した作曲家、そして近現代の日本の作曲家の作品をコンサート形式でお届けしました。
【参考文献】
フルートの肖像: その歴史的変遷 前田りり子