刷り込み»子どものためと我慢しているあなたへ
毎年恒例、義両親が訪ねてくる大みそか。今年も、残すところあと数時間となった。
一人、寒い台所で大量の洗い物をしながら、私は唯一の希望である壁掛け時計を確認する。
大丈夫、確実に時間は過ぎている。あと少し、我慢すればいいだけだ。
「うわあ、見なよ母さん、凄い衣装!」
のんきな夫の大声がここまで届く。どうやら歌番組で、こちらも毎年恒例の衣装対決が始まったようだ。
「ヤダ、どういう格好なの。目がチカチカする」
「これは一体いくらかかってるのかねえ」
不快そうな姑と、驚嘆している舅の声。どんな衣装なのか、気にならない訳ではないが、私にのんびりテレビを観ている余裕はない。
ようやく泡まみれにしたグラスや皿、第一陣をすすいでいく。あちらの談笑を掻き消すため、水は普段より少し強めだ。
いわゆる本家の跡取り、長男の家へ嫁いだ私の扱いは、結婚当初からこんな感じだった。
年末年始とお盆は皆で迎えるのが当然。嫁が掃除して、買い出しして、手料理を作って、片付けて当然。
時代錯誤になりつつある風習だが、この家の人間は未だそう信じ込んでいるらしい。まったくもって馬鹿馬鹿しい話だ。
「ママは、一緒に観ないの?」
腸を煮えくり返らせていた私は、いつの間にか横へ来た娘に気付いていなかった。びっくりして滑らせそうになった茶碗を何とか捕まえて、努めて穏やかな声色を作る。
「まだ色々やらなきゃいけないことがあるからね。洗い物も終わってないし、お風呂掃除が出来てないし。あと、年越しそばも茹でないと」
この家のジョーシキに染まっていない娘は不思議そうだ。あどけないその顔を見ていると、怒りはどこへやら、やる気が湧いてくる。
「私のことはいいから、おばあちゃんたちとテレビ観ておいで」
はーい、と戻っていく背中の、なんと小さく可愛いことか。全てはあの三人のためではない。この子のためなのだ。
「あれ、どこ行ってたの?」
「もうすぐアニメ特集始まるって」
「じいちゃんと一緒に観ようなあ」
パパとおじいちゃんおばあちゃんに囲まれ、愛されて過ごす大みそか。あの子にそんな思い出をあげられるのなら、私が我慢するくらい容易いことだ。
ほどなくして、明るい子ども向けの歌が聞こえてくる。さあ、あと一踏ん張りだ。腕まくりをして、私は再び洗い物に取り掛かるのだった。
──時は流れ。
少女だった娘は妻となり、最初の年越しを迎えていた。
招かれた義実家で、早速エプロンを取り出す。当たり前のように台所へ去ろうとするのを、義母は笑顔で引き止めた。
「そんなこと、しなくていいのよ。どうぞソファで座ってて」
勧められるがまま腰掛けるものの、どうにも落ち着かない。挙動不審な妻に、夫が問いかける。
「どうしたの?そんなに畏まらなくても、いつもどおりでいいんだよ?」
「そんなこと言われたって」
妻は困り果てた様子で、夫に打ち明けた。
「嫁は働くものでしょう?ここでゆっくり過ごすなんて、どうすればいいか分からないよ」