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当たり前が特別

3年前からずっとだいすきなふたりがいる。
"カップル"と言い表すにはあまりにもチープに聞こえてしまうくらいに、あたたかい"ふたり"。うん、"ふたり"。
いつか自分にもこんな雰囲気で、距離感で、寄り添いあえる恋人ができたら。そんな夢を重ねながら、この3年、変わらずずっとすきでいた。


そんな私にもこの年の春の訪れとともに、ありがたい巡り合わせで、恋人ができた。彼もまた、"彼氏"と呼ぶにはあまりにもチープに聞こえてしまうくらいにあたたかい人柄の、私には勿体無いくらいに素敵な"恋人"。

彼と過ごした時間は"ふたり"にはまだまだ敵わないけれど、確実に少しずつ、彼の存在は私の日常にとけこんできている、そんな頃だった。


ふたりのお別れのお知らせが舞い込んできたのだ。


私にとってふたりは憧れであり、道標であったのだろう。想像以上の衝撃で、この夜はまともに眠れず、目が覚めるたびに声を上げて泣いていた。自分では気がつかないくらいに、このふたりの存在が大きかった。


女の子のビデオのなかに「当たり前が特別だったね」という言葉が刻まれていた。


どこにでもあるような日常を、積み重ねてきたふたり。終わってみれば取り戻せない特別。それは、日常のなかで新しいふたりのホームビデオを待ち望む私にも同じく、取り戻せない特別となっていた。

...だけでなく、この言葉は私の日常に溶け込んできていた彼の存在、彼との時間がいかに特別かを教えてくれたのだ。...望まない形での、私にとっての道標となった。


私が彼と出逢えたことも、私がふたりを3年前に知ることができたことも巡り合わせだ。そしてふたりが、女の子が教えてくれた「当たり前が特別」という言葉、その重み、忘れずに、紡いでいきたい。先へ、先へ、末永く。特別な、当たり前を、共に笑いながら振り返ることができるように。


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