つながり⑥
仲良く時間と手を繋いで、捌き屋は目の奥底に結ばれました。
H少年はその場で見惚れてしまいました。
それは改札を出てから丁度、50歩目でした。
数え出すと止まらない癖を持つH少年はこの日も黙々と歩数を読み上げていたのです。
素数でも奇数でもないことが少し残念でしたけれど、この気持ちの分かるものと生きているうちに再会できるような気が何となしにしていました。
ラッキーセブンも金曜日も野球選手の背中もあの人の誕生日さえも素数なのです。
地球と命は丸みがあるので偶数ぽいのですが奇数で、なぜか素数ではありません。
では宇宙はというと、これは永遠に分かりっこないことだけよく分かっています。
そもそも宇宙に数や数字は存在しないのかも知れません。
素数で一番大きな数字を見つけるだけの仕事があるなどとH少年は知るはずもありませんでした。
無限であるので、まったく意味のない行為のように思われますが、そうとも言い切れないのかもしれません。
長髪老師が沈黙目玉を取り出してはバケツに投げ込んでいました。
H少年は老師の何もかもが理解できなさすぎて、これはひょっとして何か神々しいことなのでは?
善いと悪いが入れ違ってしまったのだろう、などと勝手にそのように解釈し、又、納得しました。
さらさらと映えてきたので、あたまの中に投稿してしまいました。
自分でいいねするしか方法は見つかりませんでした。
ペラペラの藁半紙に「人間の目玉は売り切れ!」と書かれた文字が、そこら中とそこら辺の壁とかべの隙間とすきまに挟まって、ぺらぺらと頼りなく捲れ上がってありました。
安墨の安文字はひどく滲んで霞んでおり、ニュアンスでやっと分かるようなものでした。
誰かに伝えるつもりなどとうにないようでした。
メラメラメラ。
H少年の無言の好奇心は大袋が爆破して、光速の目玉を行ったり来たりさせながら見たり見なかったりを繰り返していました。
いろんな目玉が入ってありました。
いろんな目玉が見ておりました。
さて、上を向いた二つの目玉がバケツの中からH少年を直視しています。
H少年は全く気がつきませんでしたが、何だか先ほどの第二おばさんの目玉に似ているようでした。
「おいおい、こわいこと言うなよ、そんなわけないやろ、ホラーかよ、さっきのことまだ根に持ってるのかよ、ひつこいやつはカッコわるいぞ」
巻きつむじのほうから小指のほうに聞こえてきました。
すると鼻の穴の一番奥深く、一生見ることができないところから、嗅いだことのあるようなないような懐かしさがやってきて、すぐにH少年の内部の記憶が問い合わせをしました。
結果はプラスマイナスでした。
それはさまざまな生きた証しの混ざっている、塗りたての香りでした。
発泡質ロールには、ついさっきまで機嫌よく暮らしていたであろう、堂々とした姿を保った過去過去過去が、整列をして凍漬けになっていました。
目玉はやっぱりありませんでした。
ですから表情は読み取れませんでした。
海に帰れれば、再び泳ぎそうでした。
空に帰れれば、再び翔そうでした。
陸に帰れれば、再び歩き出しそうでした。
土に帰れれば、再び咲きそうでした。
何のためにくり抜かれたのかが分からないものばかりが博物館の絵画みたいに神聖に販売されていました。
道ゆく人たちは「たしかに生きていた」本物の価値を本当には分かっていないようでした。
H少年は反射的にさっと目を閉じてしまいました。
まだ死にたくはありませんでしたから。
老師は道ゆく人になど構わず、また大きな声を張り上げていました。
「いらっしゃい!いらっしゃい!イワシクジラの姿干しいらんか。これさえあったら死ぬまで食べもの困らんでえ」
気が付かないように土道の死角になっている細路地裏の塀に、一本柱の干しクジラがまるで貴重なオブジェみたいに溶け込んで、くくりつけられていました。
それはどこまでも天上に向かって伸びているものですから、どれだけ目を細めても胴ばかりで、それ以外の部位を確認することが出来ません。
ずっとずっと上の青に伸びて昇っていました。
H少年はこんなにでかいのにイワシなんだと感心しながらも、一生クジラばっか食えるか、と胸の中で少し切れました。
なぜ倒れてこないのでしょうか?
きちんとつながっているからです。
そもそもそんな目くじらを立てそうな人はいなさそうでした。
先ほども言いましたが、それはそれは立派なクジラが一本立ちをして、天国まで続いているようでした。
あのう、ここだけの秘密なのですが、実はこれ、あとから分かったことなのですが、なんと巷に知られていない天国への架けクジラだったのです。
列車でも階段でもなかったようです。
灯台下暗し、こんなところにあったんですね。
H少年は運良く運悪くあのおばさまよりも先に見つけてしまったのです。
おばさまとは永久のお別れをしてしまったので、残念ですけれどもう教えてあげることも出来ません。
その証拠に、すぐ隣には息をし忘れて死んでしまったコンドーム自販機のように潜伏しながら、天国行きの登り券がはっきりと売っていました。
けれど自販機にはお金を入れるところはありませんでした。
「どうやって買うのでしょうか?」
「売りもんではないのでしょうか?」
道ゆく人に尋ねてみようかと思いましたが、想い止まりでした。
「プリーズ親切な人、だれか僕に教えて・・」
H少年は心の中で深々と一度だけ叫びました。
だれも天国になんぞ興味はなさそうでした。
さらに天国からの応答もありませんでした。
H少年の生まれる前からずっとあってずっと続いている、ずっと続いていく、きっとそうなんだとH少年は信じ切りました。
H少年は何となくですが、早くもうっすら、世の中の仕組みが見えた気がしました。
けっこう単純なんだと単純に思いました。
明るめなのですがなんだかほの暗く、嬉しさもあるのですがやっぱり寂しい、そんな人生そのもののようなi駅でした。
いやいや、センチメンタルかも知れません。
H少年が振り返ると虹子は土の表面にあごを置いて、もう眠っていました。
きれいな夢を見ているようで安心しきった毛並みでした。
誰一人として、老犬のことを見つめたり、心配するものはありませんでした。
H少年は初めてほっと安心した気がしました。
ほぼ同時だったでしょうか、何の前ぶれもなく自販機から紙きれが静かに落ちていました。