生きる理由としねない理由の差
とりあえず言語化するんだよ言語化ぁ!
生きる理由ってのは、
生きるが付随する(当たり前だなおい。)
生きる事、それは色んな解釈があると思うけど、ゴールに向かって歩き続ける。
それも1つ、生きる事だと自分は思う。
それが他人や社会に決められたルールや義務だったとしても。
学生なら卒業。社会人なら納税。
それは避けては通れない道。
高校卒業だってほぼ義務だし。
仕事は当たり前に義務。アルバイトだってそう。
それを無意識的にこなす、歩くこと。
それが生きるということ。の一つだと思う。
それが出来る理由が即ち生きる理由。
この世界義務だから義務だからって言うと壊れてしまう。人間だもん。
結局自分は自己肯定感皆無の人間にありがちな、結果しか見ない人間だ。
だから言える。生きる理由があって義務すらこなせないのは人間としておかしいんだって。
駄目なんだよ、この世界じゃ。
せめて義務は消化しないと、生きる理由はないと駄目なんだよな。
おかしいよなぁ…ほんと日本社会君さぁ…。
今の自分義務をこなす力はない。
生活保護受給者でニートをしてるとかいう、
叩かれてもおかしくない状態にいるけども。
仕事を始めて義務を耐えうる生きる理由がない。
もう一度言う、自分は結果しか見られない。
自分がそうやって高校卒業という義務やアルバイトをしないと死ぬ生活でVtuberを生きる理由にして頼っても精神疾患になった。
ウマ娘を生きる理由に支えにしても1年間休学中に復学する気力は湧かなかった。
再三言う。自分は結果しか見ない。
たった2つとはいえ義務には耐えられなかった事実はかなり精神的に重い負担だ。
それだからこそ自分の生きる理由は生きる理由ではないのかもしれないと思った。
それが死ねない理由だ。死ねない理由は義務をこなせなくて、生きられなくても死ねないと最期の瞬間まで心に残る理由だ。
かなり馬鹿馬鹿しいと思う。
義務すらこなせないしねない理由なんて、
なんて軽いのだろうと。
でもね、命という重いものになんで生きる理由とか理由つけてまで生きて、精いっぱい頑張って心病むってそれ生きる理由じゃなくね?
生きる意味をしねない理由でしかない。
そうとしか思えない出来事が重なったんだよな
さっき行った通り。
高校卒業の義務をこなすことが出来ないで、何が生きる意味なのかと。それはただ単純にしねない理由でしかなくないかと。
自分の場合、これから仕事という努力も含んだ義務に立ち向かう生きる理由がない。
ただ息を吐くためにこの世に存在していたいだけのしねない理由しかないのだ。自分の命はもう義務を背負いたくないなぁ…。
これが私の生きる理由としねない理由、
2つの大きな違いだ。
来月になったらバージョン2書くと思う。
とりあえず言語化しておきたかった。
精神科医者ならここまで噛み砕いてたもの投げかけるからなんかヒントくれー!!!!(明日病院)