【競馬コラム】その瞬間、岩田望来はキラーアビリティの背で何を思ったか
一頭の馬との出会いが、一つの勝利がその目に映る景色をガラリと変えてしまう..ジョッキーとはそういう職業だ。俗に言うターニングポイント。そこで訪れたチャンスを活かした者だけが、「一流」への道を駆け上がることができる。
岩田望来はゴールの瞬間、キラーアビリティの背で何を思ったか。
先週土曜の萩S。来春のクラシックを目指して賞金を加算させたい一戦で、川田将雅のダノンスコーピオンとのマッチレースの末2着と惜敗。あまりにも大きなクビ差が明暗をくっきりと分けることになった。
たかが萩S、されど萩Sである。本来であればもっと実績のあるジョッキーが起用されているはずのキラーアビリティの手綱を任されたのは、前走の未勝利戦でコンビを組み勝利を挙げられたから。この日の小倉競馬にはリーディング上位の騎手が不在なこともあって巡ってきたチャンス。ここで7馬身差の圧勝を飾り期待に応えたわけだが、手綱越しに伝わったポテンシャルは相当なものがあったはず。願わくばこの馬で大舞台へ..とまだ見ぬG1の栄光を意識したに違いない。
とはいえ、まだデビュー3年目で重賞勝ちにも手が届いていないことを考えると、とても安泰という立場ではない。たとえ結果を残せても代えられてしまうこともある身、もし敗れようものなら..彼にとっては絶対に落とせない一戦だった。
ところがこのキラーアビリティ、なかなかに乗り難しい。前走も序盤はやや引っ掛かり気味の追走。途中からうまく息が入って、残り400mの時点から脚を伸ばすことができたのだが、今回はまずゲートでガタガタして出遅れ。そこから道中も力みながらの追走となり、ついに3角過ぎからは抑えが利かず外からポジションを押し上げる形に。セオリーよりもはるかに早く脚を使うと同時に、最大の強敵であるダノンスコーピオンにとって格好の標的となってしまった。
直線の叩き合いはもう必死である。先頭に立ってからは「どうにかこのまま押し切ってくれ」とばかりに懸命のアクションで相棒を鼓舞。それに応えてキラーアビリティも脚を伸ばすが、さすがにJRA屈指の名手はリズムを崩した獲物を逃さない。ゴール前でピタリとキラーアビリティを捕らえ、クラシック参戦へ向け大きな2勝目を挙げた。
道中あれだけ行きたがりながら、ラスト3F11.3-10.6-11.8の瞬発力勝負で一歩も引けを取らなかったキラーアビリティの強さは改めて感じさせてくれた。ただ、岩田望にとっては痛恨の敗戦である。
2着 キラーアビリティ(岩田望来騎手)
「道中はずっと力みしかなくて、抑えられなくて途中で動いていきました。勝ち馬にマークされて、クビ差負けてしまいました。馬の能力を全部出せませんでした。能力はあるので勝たせてあげたかったです。悔いの残るレースをしてしまいました」
■ 【萩S】(阪神)ダノンスコーピオンがゴール直前で差し切る(ラジオNIKKEI)
公の場でジョッキーが自らのミスを認めるのはタブーとされている。なぜなら降ろされてしまうからだ。何も言わなくてもスイッチされる危機と隣合わせの立場にありながら、わざわざ自らの首を絞めるようなことは絶対に言わないと、特にヨーロッパの乗り役は強く意識しているようだ。
しかし、絶好のチャンスを逃したと同時に絶体絶命の立場へと追いやられた若者にとっては、その胸の内をオブラートに包むことができなかったのだろう。短いコメントの中に悔しさと落胆ぶりがにじみ出ていた。
この一戦で乗り替わりとなるかどうかはまだわからないが、ジョッキーの選定にはシビアなノーザンF系クラブの所属馬だけに、残念ながらここで終了となる可能性が高いと見ている。ここで逃したチャンスがどれだけのものだったかは、今後のキラーアビリティの活躍ぶりが示すことになるのだろう。
だが、もしもコンビ続行ということになるのであれば、全力でその「温情」に報いてほしい。幸いなことにこの秋も短期免許の外国人が来日する話は聞かれないし、こう言っちゃアレだが斉藤崇史厩舎の主戦騎手・北村友一もまだ落馬負傷から戻ってこられるような状態じゃない。
翌日もまだ悔しさは残っていただろうが、阪神メインのカシオペアSをファルコニアで、そして古都Sをメロディーレーンで制するなど気を吐く姿を見せてくれた。切り替えて次に臨む心の準備はできていると思いたい。