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1 大学非常勤講師。海外での教育研究

 この10数年、紆余曲折を経ながら、家族の理解を得つつ研究生活を送ってきました。海外留学を終えて、帰郷しアルバイトをしながらの極貧生活。生まれた長女はまだ3歳にも満たない幼児でした。家内とは、留学先で知り合い結婚しました。学生結婚だったわけですが、貧乏なので結婚式も挙げませんでした。前回でも触れましたが、ミッション系の短大で語学を担当し、ささやかながら大学教育に関わることができました。
 ただこうした状態で研究業績を積み上げるのは容易ではありませんでした。留学先で収集した史資料を読み込み、学会で報告し(旅費は自腹)、論文を全国誌に掲載してもらい、他の論文は非常勤勤務先の紀要に載せてもらいました。少しずつですが、徐々に研究を行う上での独自のスタンス、研究者ネットワークが出来てきました。一方で生活は苦しく、他の仲間が順調に大学にポストを獲得するのを傍目に、自虐的な気持ちになることもありました。そんな時は「明日は明日の風が吹く」という気持ちを持続させ、過去、留学先で見聞した途上国の絶対的貧困状況を思い浮かべ、「ここで生活できるだけでも自分はラッキーで、恵まれている」と自分自身を鼓舞しながら生活しました。
 2008年、留学先の知り合いが、「ここの大学で教えてみないか」と誘われ、某国の私立大学で専任として教えることになりました。教授言語はもちろん、現地の言語です。外国人教員としてたどたどしいながらも、現地の若者と向かいながら研究と教育に関わりました。家族も同伴しましたが、そこは途上国の教育機関。給料ですべてを賄うことができず、3年で帰国しました。ただここでの経験は、後の自分のアカデミックキャリアを開花させる一つのきっかけを作ったと思います。帰国後の研究生活については、また次回!

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