孤高の水カマキリ
小学生の頃、私は家族で食べる食パンを家から1キロほど離れたパン屋さんへ買いに行っていました。
夏休みのある日、雨上がりの道を食パンを買いに出かけたときのことです。
舗装をしていない、あちらこちらに水たまりがある道を歩いていると小さな水たまりの真ん中あたりに木の枝?がちょこんと突き出ています。
ちょっと違和感を感じてしゃがんでみると、この辺りではめずらしい水カマキリ。
新潟にある母の実家近くの田んぼや、小川などでは見ましたが自宅(横浜)で見たのは初めてでした。
水カマキリは浅い水たまりの水面から体を半分以上のぞかせてカマ(前足)をまっすぐに伸ばしています。
肉食の水生昆虫なので水たまりにいるわけはなく、きっと移動中に間違えて入ってしまったのでしょう。
そして他に行こうと今、飛び立つ準備をしているようでした。でもゆっくりしていると夏の日差しは水の温度を上げていきます。
早く飛び立たないと苦しくなるのは明らかなのですが、水カマキリはまっすぐにカマを突き上げたまま動きません。
間違えたとはいえ一度水につかってしまった体を乾かす必要があるのかもしれない、けれどおしりが少し水につかってても大丈夫だろうか?
飛べるというのは聞いていたけれど本当に飛べるのだろうか?
ずっと観察したいと思いましたが、食パンを買いに行かないといけません。いつまでも見ているわけにはいかないので、私は水カマキリをそのままにして歩き始めました。
途中、ずっと「早く飛ばないと水が熱くなって死んじゃうよ」「車に引かれてしまうかも・・」「そもそもなんで水たまりなんか、間違えて・・」なんて考えながら・・・。
パン屋さんからの帰り道、あわてて水カマキリを探しましたがいなくなっていました。いくつかあった水たまりを確認して確かにこの水たまりだったとしゃがんで見ても見当たりません。
車に引かれてしまったか?他のところへ歩いて出ていったのか、見届けられなかったことが少し残念にです。
あれから幾年月、私はとっくに少年ではなくなり、
水カマキリが飛び立つことを想像してワクワクしながら見ていた目も、心も年相応にくもってしまいました。
でもあのときの水カマキリは飛んで行ったと思うんです。
蒸し暑い雨上がりの日、茶色く濁った水たまり。カマをいっぱいに伸ばしてあせらずに体を乾かして。
羽を大きく広げて、ぎゅっとカマをたたみ背中に力を集中させて
「いざっ!」とはばたいて空高く飛び立って水たまりも、道も、周りの野原も全部小さくなっていく
そして上空からキラキラ光る水面をみつけて降りて水草の生える小さな水場へたどり着いたに違いない。
ひと夏を精一杯生きたのだろうと思いたい。
虫の生き方は遺伝子でプログラムされているから行動はみんな同じかもしれない。ただの習性。でも生まれてからこれまでの環境は選べないでしょう。
自分に何があっても、自分の選んだ道だから周りには左右されない。
今ある自分だけを信じて進んでいくそんな力強さを感じました。
最近の暑さのせいか急に思い出しました。
あの日、水たまりで見た孤高の水カマキリの姿、遠い記憶。
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