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わるい食べもの

人は毎日食べる。
3食だったり1食だけだったり、おやつやお茶をはさんだりと人それぞれだが、食べることは"当たり前"の行動だ。
日々の食には「美味しい」というプラスの感情だけでなく「まずい」「気色悪い」などというマイナスな感情も発生し、喜怒哀楽に溢れている。
食の本音を聞き出せばその人となりや思考が見えてくる。

著者である千早氏は自身の小説の中で料理や食事のシーンを毎度描いており、登場人物は素材のもつ背景や効能について説明しながら静かに、時には怒りの感情と共にガツガツと食べる。
そこには著者自身の食に対する姿勢や思いが透けて見えていたんだなと、この本を読んで理解した。


彼女の食べることへの姿勢は貫いている。

私はグルメでも食通でもないので、どこでもルールはただひとつ。
食べたいものを食べたいだけ食べる、だ。

〈食いだおれ金沢(前編)〉より

なんと潔いルールだろうか。自分の感情のおもむくままに選び、食べる。その自由を愛し楽しんでいる姿は圧倒的だ。

本様々な内容のエッセイが書かれていて「美味しい」話はもちろんだが、良くない思い出も他人に物申したい一件も、食に関してならなんでもエピソードがふんだんに載っている。

牛乳の甘くもしょっぱくもない、味がないようでいて、妙にコクがある感じがどうも苦手だ。付着すると強烈に臭いところに不信感が募る。
字面も良くない。牛の乳。乳という字が薄気味悪い。(中略)
透明感のないのっぺりした白さにも恐怖を感じた。

〈白い悪魔〉より

果物は私にとっては「狩り」だ。(中略)
果物を食べるとき、私は野生動物になる。生餌しか食べない飼い慣らされていない動物だ。自らの手で皮を裂き、匂いを嗅ぎ、滴る汁をすすりたい。

〈果物を狩るけもの〉より

缶入りクッキーは開封してすぐ食べきれるし、羊羹の一本食いもできる。ロールケーキも可。執筆中は飴をスナックのように噛み砕いて数時間でひと袋なくしてしまう。出張で東京へ行けば、朝食代わりにパフェをはしごするし、ケーキは一度に五個くらい食べられる。大好物の赤のガーナチョコは一日一枚が日課だ。

〈男の甘味道〉より

彼女と自分の感覚が違いすぎて驚いた。
自分は牛乳大好きだし、甘いものも好きだけれど読んでいるだけでたまに胃もたれしそうだった。
そんなに食べて大丈夫?とかそこまで言うかね?と思いながらも、彼女の文章や言葉にはどれも迫力があって、あり過ぎてたまにクスッと笑ってしまった。


食べることが好きだからこそ、彼女のエッセイには力がこもっているし譲れない感情もあるのだととても強く感じた。
最後の方にあった書き下ろしの中の一文に、自分はグサッと心刺された。

料理が好きだと言うと「家庭的でいい」、菓子が好物だというと「女の子っぽい」、二十代の頃はそういうラベリングをされがちだった。
うるさい。自分がおいしいものを食べたいから料理をしているわけで、作ってあげたいとは言っていない。発想がずいぶんとおめでたい。

みんな同じ外見ではないように、食への姿勢も味覚も人それぞれ違う。胃袋も味覚もその人だけのものだ。食べ過ぎようが、偏食しようが、食べてなにを思おうが、その人の勝手だ。自由という味を堪能する権利が人にはある。

〈Mind your own stomach〉より

自分が食べたいから料理をする、これには大きく頷きたい。まったく同感である。
たとえ誰かに微妙な顔をされたとしても、自分が美味しいと思うものができたなら満足なのだ。
何度この呪いの言葉にモヤモヤさせられてきたことか。ずばっと一蹴してくれてありがとうと伝えたい。


この一篇を読んで自分も食について書きたくなったので少しだけ。

自分の中には食に対するルールがある。子どもの頃からの経験から構築してきた独自のルール。例えばパンを食べるのは週1回、ソーセージなど加工肉は食べない、甘い飲み物は飲まない、お米は1日2食は食べる、などだ。
これは自分の体型に悩んだり加工食品の危険性についての記事を読んで影響を受けたりしてその都度変わってきたものだ。最初は我慢して避けていたが慣れたらもう食べなくても平気になったものも色々ある。
でも大半は好きなもの、欲求がふつふつと湧き上がって時々食べずにはいられないものである。でも我慢。我慢できている自分は偉いと思う。

そんな自分が彼女の文章を読んで思い浮かんだこと。「最近、食べることを楽しんでいるだろうか?」

我慢ができる自分は好きだけれど、その分食べられないストレスは積み重なっていく。本当にこれは良いことなのだろうか。
実はずっと心の中で渦巻いていた矛盾と、面と向かって突き合わされた気分だった。


好きなものを好きなだけ。そんな抜きん出て清々しい彼女のようになるかは分からないが、もうちょっと緩くてもいいんじゃない?と自分に差し出されたような1冊である。


出典:『わるい食べもの』千早茜  集英社

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