珈琲が呼ぶ
無性にコーヒーについての本が読みたくなることがある。しかも今回は「珈琲」という漢字表記が題名にあるものが読みたかった。
そこで見つけたのがこの作品。
コーヒーをキーワードに、著者の日常で起きたことや思い出、国内外の音楽と映画など多岐にわたる内容の短編が盛り込まれている。
コーヒーそのものについては詳しく書かれず、コーヒーがある風景やそこに居る人間模様が中心に書かれているのが他の珈琲・喫茶店本とは違っている。
特に印象に残った短編を紹介しよう。
〈喫茶店のコーヒーについて語るとき、大事なのは椅子だ〉
これほどまで喫茶店の椅子だけについて語られた文章があったろうか。椅子の形状を事細かに描写し、いかにその椅子が座るという行為について考えられているかを解説している。その椅子に座るためだけに喫茶店を訪れる、そんな喫茶店の楽しみ方があるのかと気付かされた。
〈去年の夏にもお見かけしたわね〉
美空ひばりの幼い頃のエピソードに自分の思い出を混ぜ合わせて、まるで本当にあった思い出のように書かれている。短いながらもすんとオチが入ってくる良い文章だった。
〈コーヒーと煙草があるところには、かならず人がいる〉
いくつかの洋画を挙げながら、コーヒーと煙草があるとストーリーが生まれるという著者の仮説を語る。コーヒーを飲みながら連れ合いや店員と話をする、たったそれだけの場面が映画の中で挟み込まれる。日常を表現するにはコーヒーというアイテムがうってつけなのかもしれない。
〈七十年前の東京で日曜日の夕暮れのコーヒー〉
1947年の東京、ある日曜日に二人の男女が過ごす一日をとらえた作品。動物園へ行き、夜はカフェに立ち寄り、帰り道で二人で喫茶店を開く夢を語り合う。現代でもありえそうな"普通さ"に懐かしさと羨ましさを覚えた。
タイトルは記載されていないので探してみようかと思う。