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第三章 半醒半睡 1

 酷い頭痛がする。
 僕は、久しぶりの激しい痛みに襲われていた。
「芦屋くん、大丈夫かい」
 東国原の心配そうな顔が、僕をのぞき込む。
 僕はベッドに寝かされていた。
「ここは、保健室?」
「そうだよ。南淵くんが君を背負って運んでくれたんだよ」
 僕がぼんやり辺りを見回していると、東国原がすまなさそうな顔で言った。
「みんなは授業に行ってもらったんだ、居ても何もできないからね。まあ、私がいたって何も出来ないんだけどね」
「僕、どうして……」
 僕は言いながら、ベッドに肘をついて頭をもたげた。
 だが、もたげた頭がガクンと枕に落下する。
 身を起こそうとするのを東国原も手伝ってくれたが、頭がどうしても上がらなかった。
 重しでもつけられているように頭が重い。
 起き上がるのを諦め、僕はベッドにぐったりと身をあずけた。
「頭が痛いのかい。倒れたとき頭は打たなかったはずだけど……すぐ保健医を呼ぼう」
「いや、いい。頭痛は持病みたいなものだから」
 僕は上手くできたかどうか分からないが、笑ってみせた。
 だが、自分で思っているよりも具合が悪そうに見えるらしい。東国原は気が気ではない様子で僕を見つめている。
「本当にすまなかった。予測が甘かった。私の責任だよ」
「何があった?僕、よく覚えてなくて」
「芦屋くんは倒れたんだよ。気を失ったんだ」
「なんで?」
「僕の予想なんだが、多分……ちから、霊力かな?おおよそ、そんなエネルギーを使い過ぎた結果だと思う」
 僕は無遠慮に鼻で笑った。
「まだ、信じられないって顔だね」
「当たり前じゃないか、迷惑だよ。もう僕を放っておいてくれ」
 はっきりと言われて、さすがに落ち込んだのか、東国原は背後の出入り口に顔を向け、黙ってしまった。
 沈黙で重い空気の中、どこかで女の子のすすり泣く声に気が付いた。
「瀧西がいるの?」
「いいや」
 東国原はそれだけ言うと、僕をちらちら見て、何か言いづらそうにしていた。
「何?」
「私達の事は許してくれなくてもいい、でも彼女の事は許してやってくれ」
「彼女?」
「緋卜香ちゃんだ」
 緋卜香。それは僕が美少女フィギュアにつけてやった名だ。それを東国原が悪びれもせず口にした事に腹が立った。
「またそれか。もういいよ、出て行ってくれないか。僕は頭が痛いんだ」
 僕が言い放つと、東国原は肩を落として保健室を出ていった。
 一人になると、部屋は静まりかえり、微かに聞こえてくる女の子の泣く声が廊下からだとはっきり分かった。
「瀧西だろ。もういい加減にしてくれ。泣きたいのはこっちだよ」
 頭痛で、まいっていたのだろう、僕はいつになくイラついていた。
 僕の冷たく吐き捨てた言葉に、か細く震える声が答える。
「ごめんなさい」
 瀧西の声ではなかった。
「誰?」
「みつる様が、緋卜香と名付けて下さいました」
 僕が美少女フィギュアに名付けた名前を恥ずかしげもなく口にした声の持ち主に聞き覚えはなかった。
 アニ研の部員は、瀧西、南淵、北吉、そして部長の東国原の四人だけと聞いていたが、もう一人くらい僕が知らない部員がいてもおかしくない、奴らは嘘つきばかりだ。
「失せろ!」
 僕は頭の下の枕を引っ掴み、扉に投げつけた。
 しかし、唸った言葉とは裏腹に、枕に勢いはない。
 扉に届かず、くたりと床に落ちた枕を見つめて、大きな溜め息が出た。
 ああ、保健医が戻ってくる前に、枕を取りに行かなければ。
 しかし、どうしても起き上がる気力がなかった。
 僕は感情に任せた行動をすぐ後悔した。
 扉の向こうで声を押し殺し、緋卜香と名乗った女の子が泣いている。
 失せろと口走った事も酷く悔やんだ。
「ごめん、言い過ぎた」
「いいえ。みつる様は何も悪くありません。わがままを言った私がいけなかったんです」
 女の子のひっくひっくと、しゃくり上げている声がくぐもっている。
 口を両手で押さえているのかもしれない。懸命に落ち着きを取り戻そうと努力しているのがわかった。
 その努力のかいあって、しゃくり上げていた声はしだいに治まり、健気に泣き止んだかと思うと、とたんに保健室は静寂に包まれ、空気が重くなった。
「悪いけど枕を拾ってきてくれないか」
 気まずい空気を晴らすように、僕は廊下にいるはずの女の子に声をかけた。
 僕の言葉に、廊下から「はい」と返事があったものの、すぐには部屋に入ってこなかった。
 もしかしたら、泣いた後の顔を見られたくないのかもしれない。
 僕は、枕がない寝心地の悪い状態のまま天井を見つめていたが、静かに目を閉じた。
 しばらくすると扉を開閉する音が聞こえ、誰かが部屋に入って来た気配があった。
 僕の方に近づいてくる。
「あの……、みつる様」 
 すぐ側で声が聞こえた。
 そして、ふわりと僕の耳もとに柔らかい感触の物が置かれた。
「ああ、枕を拾ってきてくれたのか、ありがとう」
 僕は目をつむったまま静かに言った。
 頭痛が激しさを増していた。
 今までにない痛みだった。
 痛みとともに直接脳みそを掴まれ、ぐらぐらと揺さぶられているような目眩も具合の悪さに拍車をかけていた。
 前髪が汗ばんだ額に張り付き、より一層不快だ。
 頭を直接マットレスにあずけているのも寝苦しかったが、どうにも身動きできず、しかたなくそのままやり過ごすつもりだった。
 だが、ふいに僕の頭とベッドの間に小さな手が潜り込んでくる。
 緋卜香が枕を差し入れようとしているのだと気づき、僕は促されるまま頭を僅かに持ち上げ、枕を受け入れた。
 僕の頭を支えていた手が、今度は前髪に潜り込んでくる。細い指が、額にかかった髪を左右にどけ、そのまま僕の額にひたと当てられた。
「熱はないよ、頭痛ならいつもの事だから。気にしなくていい」
「はい……」
 額に当てられた手が、僕をいたわって優しく動く。
 前髪を掻き上げる様にゆるゆると小さな手で撫でられるのは気持ちが良かった。
 そのうちチャイムが鳴り、しばらくするとグラウンドの方から運動部の元気が良い声が聞こえてきた。グラウンドが見える窓は閉まっていて、その声はくぐもって届いてくる。
 どうやら午後の授業が終わり、部活動の始まる時間になったようだった。
「私のせいで、ごめんなさい」
 女の子が、か細い声で言った。
「べつに、君のせいって訳じゃないだろ。でもアニ研の奴らと一緒になって、悪ふざけするのは感心しない。とくに僕を揶揄うのは止めてくれ」
「いいえ、いいえ。私のせいなんです。みつる様にもう一度お会いしたい、お側に居たいってお願いしたから」
「僕の側にいたい。それが君の望みなの?」
 また揶揄われているのだろうか。それでも側にいたいと言われて、悪い気はしなかった。
「はい。でも、みつる様を苦しめているのが私なら……みつる様の苦しみを取り除いてあげられるのなら、私は消えたってかまわない」
「消える?」
「はい、ちからを全て返してしまえば、私は消えてなくなります」
「そういう設定なの?」
 僕が意地悪く言うと、緋卜香は力なげに笑った。
「はい、そういう設定なんです。だから私がいなくなっても気になさらないで。私の全部をみつる様に……」
 そのまま、緋卜香は黙ってしまった。代わりにベットがぎしりと鳴る。
 僕の腰辺りのマットレスが軽くたわんで、ふいに女の子特有の、甘い匂いが、ふわりと香った。
 緋卜香の、唇のぬくもりが、僕の唇に届きそうなほど近づいている事に気づいた瞬間、僕は静かに顔を背けた。
 確かに僕が気を失ったあの時、ちからのような物が吸い取られる感覚があった。その逆もあるのだろうか。
 全てを信じたわけじゃない、だがどんな理由だとしても、もしこのまま彼女が僕のもとから去ってしまう……そう思ったら、怖気づいてしまったのだ。


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