第0章 死籠もり【特別編】
芦屋みつる、それが僕の名だ。
田舎町に住むなんの取り柄も無いごく普通の高校生で、親しい友だちもいない根暗で退屈な日々を送っていた。
「はーー」
口癖のような溜め息が溢れ出る毎日。
しかし、これは退屈を憂う溜息ではなかった。
僕は退屈が嫌いじゃない。
惰眠をむさぼるヒナを守ってくれる殻のように、厄介事から守ってくれるのが退屈だ。
選ぶ道を間違えさえしなければ、この退屈という殻に守られながら、うつらうつらと生きていける……はずだった。
しかし、そんな僕が『二十センチの可愛い』を拾った事で退屈という殻から孵化するきっかけになってしまった。
望もうが望むまいが退屈がひび割れ、僕は否応なく、外界の厄介事に巻き込まれていく。
これが大人になるという事なのだろうか。
僕はこのままでいたいのに……
「死籠もりしたいのかい?」
男が言った。
「死籠もり?」
「ああそうだよ、生きていてもそんな殻の中に居たら死んだも同然じゃないか。さあ出ておいで私が受け止めてあげるよ、怖がらないで」
「あなたは誰?」
「私かい?そこから出て私が誰か確かめてごらん、ほら、もう怖くはないだろう」
「怖くない」
「君はもうすでに私の手の中にいるからね。大切に大切に君を包み込んでいるよ。ああ……このまま殻を剥ぎ取ってしまいたい気持ちを我慢するのがどんなにもどかしいか君には分かるまいね」
男が揶揄うようにくすくすと笑う。
「酷いことをしないで」
「大丈夫、君に酷いことなんかするものか」
低いが穏やかな声が耳元で囁くように言う、僕は安堵しながらゆるゆると惰眠をむさぼった。
そして、色んな夢を見た、目覚めたら忘れてしまうつかの間の安らぎ、つかの間の夢だ。
夢か現か、男の声が時より聞こえる。
「さあ今はお眠り、その時が来るまで退屈で優しい夢を見ているといい、私はただ見守っていてあげるよ、死籠もりするにはまだ早い、でもその時がきたなら……」
目覚めた時、僕は見たはずの夢をすっかり忘れてしまっていた。
いい夢だったようにも怖い夢だったようにも思える不思議な夢だった。
僕はテーブルのうえに置いてある『二十センチの可愛い』を眺めながら、これも夢だったら良かったのに。と、思わずにはおれなかった。
白い小袖に、緋色の袴。髪はおかっぱボブで幼顔。
簡単に言えば、巫女フィギュア、もう少し詳しく言うなら、オタクがよだれを垂らして喜びそうなエロロリ美少女フィギュアと言う事になる。
巫女衣装にはあるまじき薄衣を表現した作りで、特に胸と尻が強調されている。
この可愛らしいフィギュアの存在が僕を悩ませた。