トゥクチェの町へ
マルファを後にしてしばらく道路を歩き対岸に渡った
久しぶりのトレッキング道だ
林の中を通り抜けて石畳の道を歩く
牛が草を食んでいたり小学校があったり子供達が水たまりで遊んでいるどこにでもある風景が続く
この辺りはチマン村のようだ
家の入り口で洗濯をしている女の子が見えた
たくさんの衣類を前にして盥で洗っている
お母さんの手伝いをしているのだ
目の前はりんご畑
通り過ぎてから思いついて引き返した
ちょうどお母さんが出てきた
りんごを1個売ってくれないだろうかと尋ねた
彼女は静かに私を畑に招き入れて好きなものを取るようにと指差した
私は下の方の小さなりんごを取り値段を聞いた
彼女は黙っていた
私はポケットから財布を取り出して20ルピー札を2枚手渡した
彼女の顔が少し微笑んだ
少し間を置いて頭上の大きなりんごを1つ取って私の手の平に置いてくれた
思いもよらない事に私は嬉しくなってしまった
ダンネバートと感謝の言葉を述べて受け取った
あの優しい笑顔は忘れられない
その後昼食を食べるために再び橋を渡って道路のある右岸に戻った
左岸を歩き続けても町はなく食事をするところもなさそうなのだ
途中で女の子が2人道端に座って化石を売っていた
アンモナイトの化石だ
近くの河原を歩いて探し出したものだろう
小さいのを手に取って値段を聞いた
50ペソ
ちょっと高いかなと思って立ち去りかけたら40ペソでいいと右側の女の子が答えた
先ほど買ったりんごと同じ値段だ
私は買うことにした
山で海の産物を手に入れたのだ
こうやっていつ来るとも知れない客を待っている商売もなかなかご苦労様だ
たまには私のような通行人が買っていくから成り立つのだろう
トゥクチェの町に入った
道路と川に挟まれたところが昔からの街道筋ようだ
学校の校庭ではサッカーの試合をやっていた
大勢の観客が周囲から観戦していた
学生の家族や地元の人達だろうか
パン屋さんがあった
中に入るとテーブルがあったのでドーナツを買って紅茶を頼んだ
食べていると近所の男性が来て
奥の店主に声をかけシナモンロールを頼んで
私の向かいに座った
挨拶をして少し話をした
どこから来たかとかたわいのない話だ
しきりに自分が注文したシナモンロールを食べろと勧めてくれる
ありがとうと言いながら食べているうちに半分食べてしまった
出来立てでとても美味しかった
こんな交流があるから楽しい
普通の町の普通のパン屋
きっと学生達が小腹の空いた時に立ち寄る店なのだろう
この町の建物は特徴的だ
マルファ村と同じく壁は白いのだがバルコニーが付いているのだ
その昔交易で財を成したタカリ族の豪邸だそうだ
宿屋になっているのもある
道が広いので昔はバルコニーからヤクや人の往来がよく見えただろうなと想像する
川口慧海はここにも滞在していたようだ
ここから早朝出発すれば昼にはジョムソンに
昼食を食べてから更に歩けば日没までにはカクベニに到着できる
右側に聳え立つニルギリを終始眺めながらカリガンダキ川沿いに歩いたことだろう
カクベニの先からどうしてもチベットに潜入できず手前から右岸に渡って険しい山を越えてドルポに入り何日もかけて苦難の末に国境を越えたのだろうか
実際に歩いたからこそそんな事が想像できる
私の中で慧海という人が輪郭を持って浮かび上がってきた