別れた理由

僕は彼女と別れた。ついさっき。
いい人だった。女性としていうよりも、人間として魅かれた。
なじみのスーパーで何回か通りすがった。
「そのゼリー、美味しいんですよね。わたしも好きです。一寸高いけど」
ゼリー売り場で僕がボーっと、ある商品を見ていたら、話し掛けてきた。
「えっ?」
笑うと出来る笑窪と、特徴的な声が印象に残った。

何となく話はじめた。
無意識的に、彼女が来店しそうな時間にスーパーに出向いた。
「奇遇ですね、あはははは」
偶然を装おい、3ヶ月。そういう関係になった。
僕が住んでる社宅でもしたし、彼女が住んでる公団でもした。
肌を重ねる度に、さらさらした艶に眩暈がした。
僕の肌がしっとり感と潤いを与え、丁度いい具合になる。
好みだ。
今までの女とは、全然違う。
「共に苦楽を」「末永く一緒に」「一つ屋根の下で」
<結婚>に結びつく類いの言葉が自然と、泉のように湧きあがる。
優しい光に包まれた、清らかな、美しい泉だ。
「最近、ご機嫌だよね。何かいい事、あったりした?」
多くの仕事関係者から聞かれ、
「良く頑張ってるじゃないか、佐々原くん。素晴らしいよ」
滅多に部下を褒めない部長の声が、何よりも僕を嬉しく、弾ませた。

彼女も僕を好きでいる。夢中に恋をしてくれる。
何か僕から言われるのを、待ち望んでいる節さえある。
(次回ぐらいに、一寸じらして。次の次ぐらいに。次の次の次?それはNG。駄目だぞ、俺)
心算(つもり)の算盤をパチパチ弾きながら、飼っていた動物達を話題に出した。
柴犬(しばけん)の「ポン太」、トラ猫の「三次(さんじ)」、オウムの「ピーちゃん」。
僕の家ではみんな動物が好きで、子供の頃、何年か毎に飼っていた。
初めてする話だから、彼女も興味を持つだろう。
今さっきのデートだ。
「へぇ~っ」「そうなの?」「面白いわね」
大きな笑窪を想像する。僕の未来を支えてくれる象徴だ。

名前に反して、ポン太は賢く、勇敢な番犬であった事。三次は、ウチに来た時が、午後の三時であったからの命名。ピーちゃんはねぇ。
夢中に僕は話して聞かせる。

声が止まった。「えっ?」
「えっ?」驚き、僕は聞き返す。オウム返しだ。
「飼ってたの?犬・猫・鳥(いぬ・ねこ・とり)を。三郎さん」
(どうして区切り、区切りに言うのだろう?)
素朴な疑問を抱きながら、彼女を見る。
「そうだよ」続ける。希望を述べた。
「だから美代ちゃんと、、、その、、いっ、一緒になっても、、」
遮って来た。「ごめんなさい」
「ごめんなさい!?」
再びオウム返しが出たが、今度は、驚愕。声がひっくり返っていた。

僕の家とは真逆なのだ。

義父になる予定だった父は、子供の頃に柴犬に足を噛まれ、
ニヶ間もの重傷を負った。
左足の腿に今でも手術跡が残る。
義母になる予定だった母が唯一、大丈夫なのは兎だけ。
動物自体は嫌いじゃないが、アレルギーがある。大抵の動物に出る。
彼女、美代ちゃんの体験は更に凄い。
三歳の時、大きな犬にいきなり吠えられビックリし、声に支障が出るようになった。
小学校に入る際、前日に入学式当日に来てゆくお洒落な服を、隣の猫に
めちゃくちゃにされた。
義兄になるはずだった兄の体験は、壮絶としか言いようがない。
小学生の時に父と同じ体験をし、中学生の時には、左腕をやられて入院。
動物の「ど」を聞くだけでも、ゲンナリする。
義妹になるはずだった妹は、高校生の時、何日も動物達の大群に襲われる
夢を見て以来、大の動物嫌いになった。
ざっと数えて20人ほどいる身内の中にも、経験者が多い。
よって在原家では、タブーの話題の第一が「動物」である。
無言の掟。親戚間にいつの間にかできた、暗黙の了解だ。

「そんなんで、、、。悪いけど」
沈んだ声で「、、、。ごめんなさい」
僕は彼女を見た。茫然となった。
「そんな事」
大したことじゃない、大丈夫さ、気にしなくていい、
動物を飼うのは止めよう、約束する。
言おう、言おうと考えた。
けど、言えない。言葉が閊(つかえ)る。口が動かない。
「、、、。その、あの、美代ちゃん」
「楽しかったわ。今まで。ありがとう。さようなら」
無理して迄、笑窪を作る。
「僕もだよ。美代ちゃん」心とは反対だ。
そして、別れた。
                       <了>

#創作大賞2023

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