80代のセンパイと暮らす。(38)
数ヶ月ぶりの投稿。
もうすぐ10月。センパイがまたひとつ歳を重ねてしまう。
センパイに辛いことがあった、この夏。
7月、センパイの息子が2度目の入院。
1年ちょっと前に一緒に本人から癌告知されたことを告白された。その時センパイは涙を見せなかった。
入院してから、病は急速に進行。抗ガン剤は良い細胞も殺していった。リハビリが出来なくなり、歩けなくなり、字が書けなくなり、長く話せなくなり、起き上がれなくなり、食べれなくなり、咳が出て話せなくなり、、、出来ないことが溢れていく。そのスピードに家族も、たぶん本人もついていけない。
8月の終わり、もう手の施しようがないと言われる。この日、私はイベントがあって、医者からの説明を聞くことも出来ず、テンション高く帰宅した。
その日病院で聞いた話をしながら、センパイが泣いた。初めて泣いた。耐えていたのが、崩れたのだ。本当に気丈な人だ。それから、出来る限りセンパイと病院に行った。センパイが手を握ると息子は嬉しそうだった。センパイにこんな姿を見せてごめんなさいと謝ったという。先に逝くことの親不孝を息子は詫びた。センパイが最も悲しがることだと分かっていたから。私はそれを息子に責める間もなかった。
しかし1週間も経たない日の朝3時、心臓が止まったとの連絡。前日はまだセンパイと話すことが出来たというのに。でも、サッカーの試合を見たがらなかったこと、いつも最後に手を振るのに振らなかったことをセンパイは気にしていた。かなり限界に来ていたのだろう。
センパイを起こし、タクシーで病院に。話す言葉が見つからなかったから、センパイと腕を組んだ。ぎゅっと。蘇生した息子は、もう意識がない。機械の音が反応するために、動揺した。センパイと私は息子の手をそれぞれ握っていた。温かい。脈を感じた。生きている。息子には家族がいる。しかし、その家族がまだ揃っていない。彼らが帰ってくるまで息子は頑張った。私はイベントに行かなくてはいけなかったから「ごめんね。また明日ね」と手を握って病室を出た。落ち着いたように見えたから、本当に明日も会える気がした。センパイは夕方病院を出たという。家族の到着を待って、息子は静かに逝った。孫から連絡があってセンパイに告げると「そんな姿見られない」と言った。センパイに代わって、布団を敷いて息子の帰りを待った。
センパイの気丈さが際立ったのは、誰にも話していなかったことだ。センパイは毎日誰かと電話したり、会ったりしている社交的な人間。そのセンパイが、息子のことは誰にも話してなかった。葬儀までの間、台風があった。その後すぐに、長崎に住む友人がセンパイに台風お見舞いの連絡があった。いつもと同じように何食わぬ顔で話していた。言わなくていいの?と言うと、今、話しても驚かせるだけだし全部終わってから話すからいいと。強いなぁ。私には到底できない。
センパイが初めて泣いた日から、毎日のように泣いたり笑ったり怒ったりしながら、二人で息子の話をした。私がセンパイに出来ることはそれしかなかった。
葬儀の日。棺がうちを出発するときも、最後のお別れのときも、センパイは「みんなを守るんだよ。早く逝く者の務めだからね」と息子に語りかけていた。何度も何度も。いつもより小さくなったように感じた背中を支えてあげることしかできなかった。こんなに悲しませるなんて、本当に酷なことだ。
葬儀の次の週になって、センパイは仲の良い友人3人に手紙を書いた。あんなに連絡を取っていたのに、何も知らされてなかった友人たちは、さぞ驚かされただろう。いつも電話してくる長崎の友人は、泣かせるだけだから電話がかけられないと長い手紙を送ってきた。センパイの夫の葬儀で働いていた息子を思い出し、やはり男の子はいいなと思った話などを書いてきたらしい。センパイのまわりで、子どもが先に亡くなった話はないように思う。みんながセンパイを気遣っている。80を過ぎた人たちにそんな想いをさせるのは、やはり罪深い。初めて長生きしなくてはと思った。
しばらく病院で痩せた息子しか見ていなかったが、葬儀で思い出の写真をまとめた動画を流し、在りし日の姿を思い出した。私と違ってセンパイとよく似た息子は、センパイと仲が良かった。昔はよく夜中まで二人で喋っていた。年が離れていることもあるが、母と息子の間に娘は入れないと感じていた。7月に入院する前に長く話した時間があったらしいが、ここ数年の間、そんな時間があまりなかったことが悔やまれる。きっとセンパイもそんな想いがあるに違いない。息子によく似た孫が、葬儀の日の夜、3時くらいまで話していた姿が息子に重なった。頑張って起きていたセンパイも、きっとそう思っていただろう。
立ち止まることを許さず、時間は流れていく。思い出は遠くなっていくが、息子はいつもそばにいることを、センパイも私も少しずつ時間をかけて実感していくのだろう。それしかないのだ。