【代表インタビュー】受託開発から“事業共創”にシフトしたきっかけとは?
2018年10月に4人のメンバーで創業した株式会社80&Company。
創業から4年の月日が経ち、5期目となる2023年の今では社員・パートナー合わせて100人以上が所属し、新規事業開発をメインとする企業へと変貌しました。
そこで、80&Companyとはどんな会社なのかを知ってもらうために、創業者であるCEO堀池にインタビューを実施しました。
「僕の夢は、ありとあらゆる人の相談窓口になること。」と語るCEO堀池。そのビジョンに心動かされる人は少なくありません。1人でも多くの人に、その想いを届けたい。そして共感してくれる人達と一緒により良い世界を作っていきたい。そんな想いで、今まで話していなかった誕生秘話や今後の展望について聞いてみました。
ーー大学を中退して起業されていますが、経緯は?
大学在学中のある日、高校時代の友人から「将来起業したいんやけど今何をするべきやと思う?」と相談されて。「いつかしたかったら、今するべきでしょ!」と言って、大学を辞めて一緒に起業したんです。その友人が塾をやりたいって言ってたから、学習塾を始めました。2010年の出来事です。
ーー友人の想いを実現するため、一緒に起業されたんですね。
そうですね。ただ、塾経営は結果的に上手くいかず、2年ほどで閉めることになりました。
その後、2013年に第二創業期が訪れました。4人の新規メンバーが「何か新しいことをやろう!」と集まってきたんです。僕がゲーム好きだったこともあり、ゲームのメディア運営を始めました。ちょうどその頃、巷でもゲーム攻略サイトが出始めている頃でした。
国内ではなく海外向けのゲームメディアをつくることにしたので、英語で記事を書く必要があり、フィリピンに拠点を置くことにしました。現地の方をライターとして雇用してたくさんのコンテンツを制作したのですが、結果的にメディアは伸びず、半年ほどで調達した資金のほとんどを使い果たしてしまいました。
ーーゲームメディア事業を経て、80&Companyはどう生まれたんですか?
実は当時、当社Co-CTOの多田さんと既に出会っていました。とあるゲーム攻略サイトの問い合わせフォームに「ゲームメディア事業をやっているので、連携して何かしましょう」と連絡したら出てきた人が多田さんでした。そしたら、めちゃくちゃ開発スキルが高い人でした。
当社コアメンバーである越智(おち)君も、第二創業メンバーの1人との繋がりで、当時から開発業務を担ってくれていました。多田さんと越智君がシステム開発できたから、需要があるし、それをやっていこうと考えたんです。「別会社を作って、受託開発をしよう」という構想をしていました。
そして、当社共同創業者の岡本君。彼は携帯会社セールス支援事業のアルバイトとして僕の会社に来てから、「おもろいやつやなぁ」と思ってて、ずっと繋がりがありました。当時岡本君は起業していて、東大・京大生の採用支援をしていたので、「岡本君が抱えている東大・京大生と一緒に、受託開発する会社を作ろう!」と言ってつくったのが80&Companyです。
ーー「学生エンジニアと連携し受託開発をする会社」としてスタートしたんですね。
はい。しかしその後、とある人との出会いがきっかけで世の中を変えることができる人はエンジニアなんじゃないかと考えたんです。GoogleもFacebookも学生エンジニアが作った会社。それが世の中を変えていっているので、日本で言うと東大・京大生のエンジニアに可能性があるんじゃないかと考えて、80&Companyをつくりました。
ーー今の80&Companyは新規事業開発がメイン、そうなった経緯は?
最初は受託開発で始まった会社ですが、僕と岡本君がエンジニアではないので、サービスをより良いものにするためのアドバイスとか、資金調達を手伝うとか、開発の前後で必要になることに対するサポートで価値提供をしていたんです。そこが他の開発会社と差別化できる点でした。そういう経緯で、事業全体を作る会社にちょっとずつ変わっていった、という感じですね。
また、以前は自分自身がゲームメディアというサービスを作って運営する「主体」となることをやっていたわけですが、僕は「自分のプロダクトで勝つ」っていうことをしたかったわけじゃないし、得意なタイプではないんです。
どちらかといえば、お客さんとの関係を作りながら一緒に良いものをつくっていくことが好き。多分元々、他者に対する貢献でしか、自分自身の幸福を強く感じられないタイプだと思います。「誰かがやりたいことを上手くいくように支援すること」が、僕のやりたいことですね。
だから受託開発から始まったけれども、開発したプロダクトで結果を出せるよう支援をしたい、と思うようになりました。そのためにやることは開発だけじゃない、それ以外のこともやらないといけない。という流れで、より幅広く支援するようになっていきました。
ーーどんな会社を支援していきたいですか?
まず、自分たちがやらなくても誰かがやってくれる状況であれば、やる必要はないと思っています。構造上、自分たちがそれをやった場合、その人の仕事を奪っているだけですよね。だから、他の人がやっていないことをやる必要があると思っています。
ただ単に仕事の取り合いをするのではなく、新しい仕事を生み出していったり、誰もやっていないことに手を付けていかなければいけない。となったときに、一緒に事業を作っていくべきパートナーは「自分たちだけでは新規事業を作ることが難しい会社」になります。
我々のメインの提供機能はソフトウェア開発なので、IT分野が苦手なお客さんが基本的には多くなると思います。また、仮にIT分野のノウハウが社内にあったとしても、新しい事業を作って運営していくというメンタリティを備えている人材や、チャレンジが推奨される環境が必要です。具体的には地方の老舗企業が多くなってくると感じています。
ーー現在のビジネスモデルを教えてください。
元々は受託開発がほとんどでしたが、今は当社から「こんな新規事業を作りませんか?」と提案するケースが7割くらいを占めています。
収益構造としては主に2つから成っています。1つは依頼されたこと、例えばシステム開発とかマーケティングでお金をいただく部分。もう1つは、一緒につくった新規事業の売上から成果報酬をいただく部分です。「手を動かしてお金をいただく部分はリーズナブルな金額、その代わりに成果が出たらそこから報酬をいただく」という形をとっています。できるだけお客さんと同じ方向を向くようにしている、というビジネスモデルですね。
ーーどのような経緯で「売上からの成果報酬」モデルが生まれたのですか?
まず、受託開発から提案・運用と、お金をいただく範囲が広がっていきました。そうすると、提案はしているものの、基本的には立場が「受発注の関係」になってしまうんですね。結果が出なかった時のリスクを一緒にとるような構造にした方が、よりお客さんと同じ方向を向けるんじゃないかと考え、今の形にしました。
あとは、僕ら自身も結果にコミットするインセンティブが欲しかった。どんなにアドバイスしてどんなに結果にコミットしても、それでいただくお金が増えるわけでは無い。それだとやっぱり面白みがないですよね。なので成果報酬をいただくようになっていきました。社内のモチベーションの問題と、お客さんと同じ方向を向くように、という両面ですね。
ーー今後の中長期的な展望を教えてください。
新規事業を作る、ということは、無から有を生み出すことではないんです。ポテンシャルを引き出すことです。引き出した結果、事業規模が大きくなったり、中にいる人の幸福度が高くなったりする。しかも80&Companyは、我々がやらなかった場合、その会社と一緒に何かをやってくれる人は今後出てこないかも、という仕事をしています。
だから、我々が1社でも多くの企業に関わる必要があると思っています。我々がいれば、その人・その会社の今まで見えていなかったポテンシャルを引き出せるケースが山ほどあります。だから、とにかく規模拡大です。僕らがやらなかなったら誰かがやってくれるという状況にない以上、自分たちがひたすら面を広げ続けるしかない。
ただ、こういう言い方をすると苦しいし、あまり合理的戦略ではない感じがするのですが、違う側面もあります。パートナーA社に対し、80&CompanyではないパートナーB社を繋げて、A社のポテンシャルを引き出す、ということもあり得るんです。規模を拡大するほどに、ポテンシャルを引き出すための手札が増えていく。その点で、自分たちのネットワークを広げていく合理的な意味もあると思っています。
もしかしたら、インドネシアの会社の課題をトルコの会社が解決できるかもしれない。そういうレベルのマッチングを今後は作っていけると思います。国すら飛び越えて、今やっていることをやっていく。これが今後の展望です。
ーー新規事業開発を通して、どんな世の中にしていきたいですか?
多様性を守り、美しい世の中にしていきたいです。
実は日本は、世界で一番ミシュランの星が多いんです。トップ5の都市のうち3つが日本。それだけサービスが素晴らしいし、多様なものがたくさんある。そういったものを守っていかないといけないと思っています。
今は多様性が失われていく一方です。大資本に集約されていったり、効率化に寄っていくと、多様性は失われていく。ローカルな存在がもっと世の中に広く認知され、サステナブルな形にしていくことが必要だと考えています。
ーー最後に、堀池さんの夢を教えてください。
ありとあらゆる人の相談窓口になりたいです。一番課題を拾っている場所になりたい。
「困ったらあいつに相談しよう」という存在に、グローバルなレベルでなりたい。
それが僕の夢です。