側面から見ると
私は三人兄妹の末っ子である。
兄は我が道をゆくタイプでいつも悠然としている, 姉は優等生タイプでなんでもそつなくこなし、頼りがいがある。
私はといえば、甘えん坊で飄々としている。
これが私たちの性質だ、と私は長年信じてきた。
物事には必ず表と裏がある。表から見ると裏の様子は全くわからないが、ひょんなことで裏側に光が当たるとき、その上側の表情が表とは様子が違っていて驚くことがある。
人の性格もちょっとしたことからその側面や裏側が炙り出されることがあるものだ。
私の姉は母の近くに住み、彼女の面倒を全面的にみてくれていた。母の病状が悪化してきて、ついに緩和病棟に入ることが決まった日のこと、姉はこちら時間の夜中の3時ごろに泣きながら私に電話をかけてきた。
彼女はひどく泣きじゃくっていてその話を私はほとんど聞き取れなかったのだけれど、彼女の抱えている不安が一人ではもう抱えきれなくなっていることだけは痛いほどに理解できて、私は夜明けを待ってからすぐに日本へと飛び立った。
頼り甲斐があって、精神力の強い姉が母の終末を目前にして激しく動揺する姿は私が初めて見る姉の側面であり、実はそんな姉に私はとても親近感を感じたのだった。
子供の頃の兄はいつも自由な発想ができる面白い人だった。そんな兄のことを私はとても好きだったし、兄を手本にしているようなところがあった。
しかし母の見舞いにやってきた彼は芝居がかった表情で上澄みをさらったような薄っぺらい話を母にするばかりで、私は正直言って彼に対してひどく失望してしまった。でもこれもまた兄の性質の一面なのかもしれない。
ベッドに横たわる母は時にまるで赤ん坊みたいに食い入るような目つきで私たちを代わる代わる見つめることがあった。
きっと母なりに子供の頃とはまた違った私たちの側面に気づいていたのではないかと私は思っている。
最期を迎える前の母の目に私はどう映っていたのだろうか、と時々今でもあの時のことに思いを馳せることがある。
今日は井上雅子さんの作品を紹介しよう。
彼女の作品を見ると多くの人々はその荒々しさや力強さ、大胆さに目を奪われると思う。それはまさに井上さんの大きな魅力の一つには間違いなのだけれど、でも彼女のモチーフや色は計算され尽くしており、また細部に至るまで正確な描写に目をやると、また違った彼女の魅力に気づくはずなのである。