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自然の力

便利になるとは、何か捨てたものがあるということ
(写真は Enoteca online 日本 より引用)
 
 敗戦後、長い間続いた伝統的で理にかなった方法を捨て、工場での大量生産、テレビに流れるCMにつられた大量消費の時代へと大きな社会変革が起きました。スーパーやデパートなどの新しい商業形態の成立に促されるように、生産の計画性を重視する形態に移行しました。
 我々消費者は「古いものは打ち捨てられるべき」という観念が植えつけられ、新しいものが未来を作るという催眠術に掛けられたようです。
 
 スーパーの野菜は形が揃って、色も綺麗で、いかにも美味しそうに見えます。しかし、栄養の分析をすると、ミネラルは戦前の1/10から1/20に減少しているそうです。
 農学の進歩(?)により、作物の成長に必要な3大要素(窒素N、リンP、カリウムK)の化成肥料が作られ、栽培の効率化が図られ、機械化の進展による集約的な農法が普及して、収量は飛躍的に増えました。作物は、見た目は以前と変わりませんが、しかし、栄養的に大きく損なわれて、店頭に並んでいます。
 
 我々は古いものの本当の意味を理解しているのでしょうか。昔、どの家でも使っていたもので、今は打ち捨てられたものに甕があります。水道が普及する以前、家庭には井戸があり地下水を飲み水にしていました。(山では掛け樋で清水を導いていました。)台所の甕が水を貯え生命を支えていました。水道の普及とシステムキッチンの登場により台所は一変して甕も姿を消しました。
 
 水の魔術師 ヴィクトル・シャウベルガー(1885~1957 オーストリア)によると水を貯える容器は卵型でなければならないという。その中で水は微妙な温度差により対流をおこし、その運動が水の劣化を防ぐようです。
 
 また、古代地中海世界に、アンフォラという陶器の甕がありました。水はもちろんワインやオリーブオイルの貯蔵に使われていました。アンフォラは自立できず土に刺したり、壁に立て掛けます。
 遺跡や地中海の沈没船の中から多数見つかっています。液体の貯蔵に有効な形状を人間の知恵が見つけ出し、長い間使用してきたわけです。
 
 ワインの貯蔵に瓶詰の技術が使われるようになり、肉や魚の貯蔵に缶詰が使われ、冷凍庫、冷蔵庫が発明されるに至って保存のための微妙な工夫は必要なくなり姿を消しました。
 
 一方、本業に目をむけると、最近の住宅の建て方は空調機の使用を前提にデザインが成立しています。窓は極端に小さくなり、2階のベランダを設ける家も少なくなりました。各部屋には換気扇が付き換気が行われます。
 住宅産業において作り手の論理が幅を利かせ、売るために安く簡単にできることが優先されていますが、本当に有効な換気が行われているのでしょうか?電気の供給が途絶えたら、すぐ困ってしまいそうです。
 
 自然に吹く風に何の意味もないかのような昨今ですが、台風が通り過ぎた後の清々しい空気を胸いっぱい吸ったことがあると思います。それは、空気中の汚れが風の強い力によって浄化され人間に気持ちいい空気になるとは考えられないでしょうか?冬の隙間風は困りますが、隙間風にも空気を浄化する効果がありそうです。
 
 科学技術の進んだ現代、微妙な自然の力は人間の知恵で簡単に機械に置き換えられるとの驕りがあるようです。

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