若年アルツハイマーを限りなくたのしんでで生きる夫の日記9月22日
あしたゆげに行く。ひさしぶりである。
もういくこともないであろうが、親父のきもちはよくわかる。そうしたかんじょうのきびをじぶんのなかにもさぐりながら。おもいをかんじてみたいと思う。
ひとのおもいにまたふれることになるゆげじまである。
あしたゆげに行く。ひさしぶりである。
もういくこともないであろうが、親父のきもちはよくわかる。そうしたかんじょうのきびをじぶんのなかにもさぐりながら。おもいをかんじてみたいと思う。
ひとのおもいにまたふれることになるゆげじまである。