国語の教科書で『焼肉の話』をするのはどうだろう?
大学生のころ、よく遊んでいた友人らと「たまには家で焼肉でもしよう」ということになった。スーパーで安い肉やお酒を大量に買い込み、男4人だけの焼肉がスタートした。初めのうちは、「やっぱり宅飲み最高だよね〜」「牛角の100倍コスパいいじゃん!」「合コンだったらもっと良かったけどね」なんてお決まりの会話(?)を交わしながらわいわい楽しんでいた。
だが、途中から少し雲行きが怪しくなった。十分に買ってきたはずのパック肉に、うっすらと品薄感が漂いはじめたのである。誰も料理経験がなかったものだから、男子大学生4人分の食材の適量がわからず、過小に見誤ってしまったのだ。宅飲みの唯一の欠点は、一度はじめたら、追加の買い出しが鬼のように面倒くさくなることだ。正直、その辺のふつうの鬼どもを退治しに行くよりよっぽどダルい。
というわけで、ここからは各々が「せめて自分だけは満腹に」のスローガンをかかげ、両隣のヤツが肉を取る少し前を見計らって肉をかっさらうようになる。だが、よく考えると、全員が自分の両隣の挙動をウォッチしている状態で、自分一人だけ美味しい思いができるわけがない。自分がちょっと早めの焼き加減で肉をとれば、今度は隣のヤツがそれよりもっと早く奪っていく。当然の帰結として、焼き加減はミディアム→ミディアムレア→レア…という風に短時間化し、鉄板の上はまるでスライストマトでも並べて焼いているような赤い彩りに変わった。最終的には、味付きの鶏肉をパックから箸でつかみ、しゃぶしゃぶ感覚でサッと鉄板に押しつけて食べるものまでいた。
もちろん、結果として全体量が少ない肉を生焼けのまま急いで分け合っただけなので、誰も満腹にはなれず、「おれたち、いったい何してるんだっけ?」とか言いながら、みんなで近所のラーメン屋に向かったのであった。
☆ ☆ ☆
社会人となった今では、精神的にちょっぴり大人になり、お金もちょっぴり持つようになった。この4人で集まっても、牛角ぐらいならば「譲り合って、好きなだけ」のスローガンをかかげ、ゆっくり肉を焼ける。それこそ、「おれたちも大人になったな」とか「大学生ってほんとバカだよな」とか、”20代で一度は言っておきたい決まり文句”を要所要所で入れながら、過去の焼肉バトルを笑って懐かしむ余裕さえある。
そうしたなか、今になってあることに気が付いた。僕らが繰り広げた焼肉バトルは現代版の「蜘蛛の糸」だったのだ。蜘蛛の糸はこうだ。ある罪人の男が、地獄の血の池で浮いたり沈んだりしていると、天から蜘蛛の糸が垂れてくるのを目にする。これは地獄から抜け出すチャンスだと思い糸をよじ登るが、しばらくしてほかの罪人たちも糸の存在に気付きのぼりはじめたため、糸は重みで切れ、みんな元の血の池に落っこちてしまった。
われ先にと糸をよじのぼる罪人の姿、そして、誰ひとりハッピーにならない結末は僕たちの焼肉とそっくりではなかろうか?芥川龍之介は罪人たちの行動を「浅間しい」と表現したが、焼肉すらちゃんと出来なかった大学生の僕たちも同じくらい浅ましいと思う。なにがヤバいかというと、罪人たちは血の池で浮いたり沈んだりしていただけなのに対し、僕たちはこの「蜘蛛の糸」を小学生のときに一度しっかり学習しているはずなのだ。それなのに教訓を活かせず、焼肉バトルの悲劇を回避できなかった…。
——開き直るつもりなはない。開き直るつもりはまったくなく、むろん教科書の内容を覚えていない僕らが99%悪いのだが、残りのわずか1%ぐらいは、ちゃんと僕らを教育できなかった教科書側に責任がある…!
たしかに「蜘蛛の糸」は、大人が読めばたいへん素晴らしい短編小説だ。しかし、小学生にはやや抽象度が高すぎて日常生活には応用できない気がするのだ。なにしろ現実社会では蜘蛛の糸が天から垂れてくるよりも、日曜の夜に家でサザエさんを見ながらロースを焼く機会のほうが断然多いのだから。
そこで、これは一つの提案なのだが、国語の教科書では、クモではなく焼肉の話をするというのはどうだろうか?少ない肉をみんなで急いで取り合ったら生焼けになってしまいみんなが損するよ、というあらすじだ。多少、文学的価値が落ちる気がするがそこは仕方ない。何事にもメリット・デメリットがつきものだ。教科書でそこまで具体的に焼肉の悲劇を教えれば、さすがに大学生や子どもも鶏肉をしっかり焼くだろう。これは絶大なメリットである。
普段は頑固者の僕——安易に権威になびいて作品を売ったりしない僕——だって、文部科学省のトップ3ぐらいまでが玄関口にぞろぞろやってきてトラヤの羊羹を差し出しながら「先生!先生!どうかお力を!」と懇願するのなら、多少の協力はする準備がある。子どものためとなれば首も縦に振らざるを得ない。その際には、上の焼肉エピソードをガンガン盛って、ゆるキャラやヒーローを使いながらもっと子どもっぽくデフォルメすればいいと思う。
ちなみに、タイトルは今のところ「俺の焼肉」で考えている。
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