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(前編)Enterキーを強く叩く後輩をどう注意するか?

 「なんかEnterキーに恨みでもあんの?親のかたきとか?」

 そう尋ねたくなるほど、となりの席に座る後輩はEnterキーを強く叩く。「ツッターン!!!」

 もちろん、想像力をめいっぱい働かせれば、エンターキーだって親のかたきになりうる。たとえば、会社を経営する父がネットバンクで振込をしていたところ、なぜか突如としてエンターキーがきかなくなり、結果、振込に失敗。そのせいで二度目の不渡りを出してしまい、すぐに会社は倒産。一家は路頭に迷うハメになった——とか。彼がキーボードを打鍵する姿を見ていると、そうした積年の恨みを感じずにはいられない。憎きエンターを叩きのめすためなら右手の小指が折れても気にしない。そんな勢いだ。

 しかし、まあ、ないだろう。Enter倒産など聞いたことがない。そもそも不渡りにリーチがかかった状態で時間ギリギリに入金するのはおかしいし、ネットが駄目なら銀行の窓口にかけこめばいい話だ。というか、話が進まないので、ここでは彼にとってEnterキーは親のかたきではないことを前提に論じたい。

 さて、そうすると、彼は会社によくいる普通にウザいやつということになる。ボールペンをカチカチしまくる人や電話の受話器をガチャリと強く置く人、ため息や独り言が多い人、貧乏揺すりがヒドい人、異常に声がデカい人、会議のあいだずっと机を指でトントンしている人——そういった変な癖の持ち主のひとりだ。

 分析するに、こうした癖は癖そのものもウザいが、それ以上に、周囲がその癖を指摘しづらいというのがストレスになる。指摘しづらいのは、次の3点の理由からだ。

1.癖の大半が無自覚、癖を除けばけっこう良い人
 変な癖の持ち主は、自己主張が強い横暴なヤツというイメージがあるが、案外そうでもない。どちらかというと、仕事はしっかりやるし、周囲に対してもちゃんと気配りできる、良い人が多い気がする。

 ただ、100%完璧な人間などいない。普段はとても温厚な人が車を運転したとたん180度人が変わるように、たまたま、Enterキーや電話の受話器に触れたとたん、無意識にスイッチが入ってしまう人なのかもしれない。だから、本人にとっては自然な行為であって、自身の癖が周囲へ迷惑をかけているなんてちっとも思っていないだろう。悪い人が確信犯的に税金を無駄遣いしているのならガンガン叩けるが、良い人が無自覚に他人に迷惑をかけていても、なかなか周囲は口を出しづらい。

 この後輩に関しても仕事はできるし、人間的にも歳の割りには落ち着いて物事をよく考えるほうだと思う。少なくとも、わざとエンターキーを強打して無駄に周囲に嫌がらせするような人物には思えない。

2.上下関係がある
 会社組織には上下関係がある。そこそこ体育会系の職場では、基本的に上司や先輩の癖は指摘できない。目に見える実害——たとえば、新品のキーボードを叩きすぎてひと月で駄目にするとか——がないと部下は上司を咎めることができず、ひたすら耐えるしかない。おかげで、部下が愚痴を言い合う居酒屋では、上司の癖の話は鉄板ネタになる。

 目上の人に対してほどではないが、後輩に対しても思ったより言いづらい。というのも、へたに先輩風を吹かして上から目線で注意してしまうと、「ったく。うるせぇな。ガタガタ説教くせぇオヤジだな」と反感を持たれるだけで終わってしまうからだ。感情とはやっかいなもので、一度こじらすと、次にまっとうな理屈で話をしても跳ね返されるようになってしまう。それでは最悪 押さえつけることはできても、なかなか良い仕事はしてくれないだろう。後輩を注意するのにも、けっこう神経を使う。

3.癖は単発だと弱く、我慢できてしまう
 同僚がいきなり上半身裸になったり、PCの画面をグーで殴り始めたら、さすがに相手が上司であっても注意できる。その点、エンターキーを2,3回強く押す行為は、”誰がどうみても悪で即刻 注意すべき状況”だとは言えない。電車で少々マナーの悪い他人を注意しないのは、その場だけ我慢すればそれっきりだからだ。会社でも、別に一週間や二週間ならば大抵の人は、同僚のキーボード強打や電話のガチャ切りに耐えることができる。しかし、明確な終わりが見えない戦いは、それが小さなことであろうとツラい。そして、そのストレスは、ポイントカードを貯めるように、日々蓄積されていく。

 問題は、いよいよ限界が来て注意する際、こっちとしてはポイントが貯まったことによる注意のつもりなのに、相手にはそのポイント分の重みが伝わりにくいことだ。いついつからずーっとお前の癖は迷惑だったと言うと「じゃあ、最初にひと言、注意すればよかったじゃん(笑)」となるし、かといって単発の行為に対しては、口頭注意自体、過剰な反応だとも言え、「いやいや(笑)ボタン一つをピコピコしたくらいで、なにヒステリックになってんの?(笑)」とどちらにしても半笑いされる恐れがある。単発では弱いが、ポイントを貯めたら貯めたで注意しづらくなってしまうのだ。

☆ ☆ ☆

 このように、他人の癖を注意するのにもエネルギーがいる。だが、放置してると、当たり前だが自分たちが困るだけだ。

 特に、この後輩のキーの叩き方は、もう見過ごせないレベルまで来ていると思う。彼は考えている途中でもタイピングを止めるわけではなく、「Enterツッターン!Enterツッターン!backspaceトン, backspaceトン」とリズムを取りながらアイドリングするから鬱陶しい。
 それに多少の老婆心から言えば、今はまだ若いから良いが、将来、必ず本人が損するときがくる。気付くなら早いほうがいい。多少、反感を買おうが、周りがいま教えてあげるべきだ。

 では、具体的にどう注意するか?

 じつは、いま思いついただけでも全部で48通りの魔法のセリフがあるので、また明日、厳粛な総選挙を開催したのち「神セブン」を発表しようと思う。

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