理系の事業家が気にすべき、ファイナンスと事業の関係
前回はこちら:
事業の資金繰りについてポストしたが、少し内容が上手く整理できていなかったと反省しつつ、少し違う切り口から大切な事業資金に関するポストをしたい。2-3回に分けて、ファイナンスが事業構造の決定に影響があることや、その巧拙が事業の浮沈に影響することを知るきっかけになればと考える。
資金の手当てが不十分な事業のゆくえ
事業には収益と費用の認識によって決まる損益計算書(P/L)的な考え方と、資金の出入りを示すキャッシュフロー計算書(C/F)的な考え方がある。例えば、とても良い商品を作って、増産を繰り返している企業があるとする。この企業がP/L的な考え方の場合、売上金回収の進捗が悪い中、原材料費の支払い、半製品などを含めた在庫の増加および投資がかさみ、P/L上は毎年増収増益にも関わらず、手元資金不足により倒産することもある。このような極端なケースでなくても、その資金力により事業構造が決定される側面を考えていこう。
※詳細は前回のポストを参考にしてもらいたい。
資金による事業設計上の問題
理系の企業家であれば、技術力やビジネスモデルで事業が決まると考えるであろう。しかし、それらに加えて、資金をどの程度用意できるかということが事業内容に直結する。次の例を通じて、資金と事業構造の関係をイメージしていただきたい。例えば、大量のレアメタルを利用した画期的な商品を開発したとしよう。当然、この商品の製造にはこのレアメタルを購入しなければならない。よって、商品の大量発注を受けた場合、このレアメタルの購入資金がないと製造はできず、受注できない。仮に、この業界が大ロットでの発注が一般的であった場合、いつまでも受注できないということになる。次に、とても性能が良い複雑な機械設備を発明し、起業したとしよう。この機械は特殊な材料、加工とカスタマイズの組み込みソフトウェアが必要であり、自社では各技術がなく、他社に外注が必要となる。自社は起業したてで信用力が低く、支払いは早く、商品代金の支払いは遅い。この場合、生産が始まると、それぞれの外注企業による作業時間がかかり、各作業が終わると支払いが発生する。しかし、全ての外注企業の作業終了まで納品できず、最終製品が完成する前に資金が枯渇する可能性もある。このように、素晴らしい事業シーズがあっても、資金(や支払いに関する契約)が不十分だと、持続可能な利益が出る事業にならない。それでは、事業資金に関してどのようなことを考えなければならないであろう。
資金の問題解決を考える
資金の問題の対処法は複数あるが、次の二点をあげてみる。まず、支払いタイミングの調整であり、次に自社の事業範囲の絞り込みが考えれる。支払いタイミングについては、繰り返しになるが、購買に対する支払いは早く、販売に対する支払いは遅いことが問題である。もちろん、交渉で顧客や納入業者が自社にとって有利な条件をのんでもらえればよいが、交渉材料が必要となる。ひとつは、自社の商品が代替不能であり、顧客の商品にその商品が組み込まれている場合、交渉相手が不利な条件を受け入れる可能性がある。他には、顧客または納入業者の出資を受けることが考えられる。この場合、顧客や納入業者の選択オプションと企業の意思決定の自由が妨げられることとのバーター取引になる。事例として、スーパーマーケットが納入業者からの出資を受けているケースなどがある。
もう一つは、自社の得意なところに集中するということである。例えば、顧客が望むある商品を構想したとしよう。この場合、自社のみができること以外は外注することが考えられる。Appleが製造を完全に委託していることは有名な事例であろう。他に先進的な面白い事例として、BASFというドイツの化学メーカーの取り組みが挙げられる。BASFでは、化学品の価格低下が激しく、厳しい事業環境におかれていた。BASFのあるチームは、自社の化学品と最終製品との間にある付加価値の違いに着目し、最終製品の付加価値を化学品に取り組むことを模索した。そこで、最終商品の設計やデザインを行い、それらの情報を最終商品を取り扱う企業にライセンスし、その見返りとして自社の化学品を通常より高い価格で購入してもらうというものだ。この手法では、自社の強みである化学品に特化しながら事業範囲を拡張せず、最終商品から得られる利益の一部を収益化した画期的なものである。この場合、間接的に最終製品に関わりながらも、自社の事業範囲が狭いため、半製品などの在庫による資金が不要となる。加えて、最終製品を構想した知的財産に相当する収入を得ながら、支払いまでの時間が短い有利な取引条件が設定できる可能性もある。
まとめ
本ポストの提示したい視点の核は、ファイナンスと事業は密接に関わっている点である。良い商品・サービスを考案し、事業化するだけでは、持続的な事業として成立させることは難しい。これらにファイナンスの視点を加えることで強い事業になる。事例として製造業に寄った内容にしたが、他の事業でも同じことが言える。ファイナンスを無視すれば、起業家であれば、自社が倒産するかどうかの資金の問題に直結し、企業内起業家にとっては想定より事業資金が必要になり、事業がとん挫する可能性がある。理系の企業家にとって、その発想や技術が事業の始点になることは疑いないが、それを事業に結実させるには、このようなファイナンスの視点が必要である。本ポストが、理系らしい頑健な事業をファイナンスの視点を加えて構想する一助となれば幸いである。
参考)ファイナンス(会計)ではキャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC*)という指標を用いて資金回収の効率の指標を用いて管理する。
*CCC=売上債権回転日数+棚卸資産回転日数-買入債務回転日数