七井泳哩
七井泳哩の自己紹介記事をまとめました。 はじめてのnoteの自己紹介に付け足すような感じで、「2回目のはじめまして」を読んでいただければ嬉しいです。
最近はずっと誰かに攻撃されるんじゃないかという謎の不安があっていつも怯えながら暮らしている。 1人でカラオケに行っても、近くの部屋から漏れている歓声が私の下手な歌を揶揄ってるような気がするし、なんなら「お前歌下手なんだよ!!」と部屋に突撃される光景が何度も頭にチラつく。 また、部屋の扉は基本すりガラスだが、下の方は普通のガラスで足元が見えるようになっている。 多分、いやほぼほぼ確実に近くの部屋の人がドリンクバーと部屋を行ったり来たりしているだけなのだろうが、私には、「この
カウンセリングも診察も、当然時間が決まっている。 約束した時間が終われば「では、また来週」と告げられる。その度に完全に見捨てられてしまったような感覚になり、もう修復不可能な関係になったような錯覚に陥ってしまう。 それでも、来週も診察室に、カウンセリング室に主治医とカウンセラーは時間通り待っている。決して2人は私のことを見捨てたりしない。 わかっているのに、どうしても、私の心の中では主治医とカウンセラーに毎週毎週繰り返し見捨てられてしまう。 その感覚について、カウンセリ
手帳で“整う”とか、マインドフルネスとか、褒め日記とか、ポジティブに生きるための手帳術やノート術が世の中にはたくさんあるが、ひねくれ者の私にはびっくりするほど合わない。 生活や人生を整えようとして、性に合わないのに無理にポジティブなことを書くから手帳が続かないのだと思う。 そんな私のようにポジティブな手帳術に怯えてしまう方が他にもいると信じて、今回は1ヶ月続けられている記録重視の手帳術・ノート術を紹介する。 使っているノート今までとりあえずロルバーンノートに書いていたの
今回の記事は前回の続きで、来年のコラージュノートを決めたのでそれについての内容になる。 以前投稿したように、ほぼ日手帳オリジナルにコラージュをするようになって1ヶ月になる。 手帳会議の記事で、ほぼ日手帳オリジナルではちょっとサイズが小さくて、コラージュがやりにくいため、ほぼ日手帳カズンにする!と言ったものの、今更心変わりしてきた。 ほぼ日手帳カズンの問題点コラージュがやりにくいかもしれない カズンにすると、当然サイズが大きくなるため、必然的にコラージュ素材の減りが早く
以前投稿した手帳会議でも意気揚々とhibinoで一日2ページの日記を書く!と言っていたのだが、10月から余っていたロルバーンノートにバレットジャーナルとコモンプレイスを融合させたものを作ってから、日々の記録が楽しくて仕方なくなった。 毎日気持ちを文章にするのが億劫最初は1日2ページ見開きで日記を書いていた。 左のページに箇条書きで今日あった出来事を書き、右のページに文章で細かなことを補足するように書いていた。 最初の三日くらいはそれでよかったのだが、どんどん面倒になってき
20歳を超えてもぬいぐるみが手放せない人間がいる。私である。 ベッドの周りには大量のテディベアやふわふわのぬいぐるみが積まれている。 一見雑に扱っているように見えるが、このぬいぐるみたちは私の安眠に、不安の解消に、人生に欠かせないものたちなのだ。 ピンクのブランケットも欠かせない。 ふわふわで柔らかくて暖かくてとってもいい匂いがする。 いい匂い、というのは香水や柔軟剤の匂いではない。なんの匂いかはわからないのだけど、母のお腹の中にいた時のような安心感を覚える。胎内にい
2週間前に2024年のほぼ日手帳を安く購入して以来、ほぼ毎日コラージュができている。 今回はここ最近の新作のコラージュとともに、ほぼ日手帳を2週間使ってみた感想と来年の手帳について、考えを巡らせてみる。 ちなみに、私はつい最近手帳を真面目にやろうと思って始めてばかりの人間なので、手帳については詳しくないし、「手帳会議」なるものに初めて参加してみる。よって、来年の手帳選びの参考にしようと読む方には申し訳ない記事になってしまう。 私の脳内の整理のためにこの場を使わせてもらう
抗うつ剤と衝動性を抑える薬を中止してからというもの、症状が落ち着いて何も思い浮かばなくなった。 いいことなのだろうが、頭の中が少し寂しい。 抗うつ剤のパキシル、衝動性を抑えるインチュニブという薬を主治医の判断でやめた。 パキシルは躁転したから。 インチュニブは幻覚妄想の副作用が出たから。 躁転というのは、抗うつ剤の副作用で時折見られるようで、落ち込みが強い状態から、突然なんでもできるような気がしたり(誇大妄想)、気分が高揚して大金を使ったり、そんな躁状態に転じることだ
今年ももうすぐ終わるというのに、LOFTで2024年のほぼ日手帳が500円で売ってあったので買ってしまい、コラージュノートを再開することにした。 過去のコラージュ作品と一緒にここ数日で作ったものを紹介したい。 スタバのクリスマス前の限定フラペチーノを飲みに行った時の記録。 ノートは確か、無印良品の表紙が革のやつ。 このノートは紙が厚くて裏写りもせずに使い勝手がいい。 宇多田ヒカルと相対性理論(バンド)にハマっていたらしい。 このフラペチーノのイラストは、万年筆インク
18歳の時、心理士になるために心理学を学ぶ四年制大学に入学した。 そこで高校生の頃からずっと学びたかったことを学ぶことができた。 自分で言うのもなんだが、私は結構勤勉な学生で、講義では積極的に発言し、分からないところは必ず確認して理解を深めようと必死だった。 成績もよかった。落単なんて言葉とは無縁で、科目ごとの評価はほとんどが最高だった。 臨床心理学や発達心理学を学びたくて入学したが、実際に勉強してみて好きだったのは社会心理学と統計の授業だった。 本当に楽しかった。
ずっと、絵を描くのは好きだ。 母が美術の学校を卒業したからか、幼い頃から絵を描く習慣がある。 趣味とまでは言えないが、暇があれば落書きをする。 そんな落書きも「上手」と褒めてくれた家族のおかげで、ついにLINEスタンプを作ることになった。 中3から今まで描き上げてきたイラストと共に紹介しようと思う。 ヒストリー中学3年生の時の美術にて こちらが、中学3年生の時の美術の授業で下書きにした絵だ。 確か、これの上に透明な板を乗せて、なぞって掘り、下からライトを当てると
私は幸せ者だ。父も母もいて、家だって市内の二階建ての新築だ。市外の田舎の方から電車を使って通学している子もクラスに大勢いるはずだから、相当裕福で恵まれた環境にいる。何一つ不自由していない。 だが、ここ数ヶ月、胸に何かがあるような違和感を覚える時がある。痛いわけではないのだが、息がしづらいような、ものがつっかえているような重苦しい感覚だ。心臓の病気かもしれない。そう思うと胸の違和感は増した。病院を受診する前に保健室の先生に相談してみようか。 私の通っている高校の養護教諭で
病気の症状に殺される、という感覚は何かしらの病気を患った人なら理解できるだろうが、私は「病名」に殺されているのかもしれない。 精神的な病気というと、抑うつ気分が持続するうつ病や、幻覚や妄想に苦しめられる統合失調症が有名である。 私も、もう7年以上精神科に通っている当事者だ。 このnoteを始めることにした理由は「病名という鎖を断ち切るため」、「『病気の人』として発信するのではなく、一人の人間として考えを発信したいから」と自己紹介の記事で書いた。 この気持ちは、実はすぐ
インターネットの検索窓に自分の愚痴やSOSをそのまま入力してしまう人がいる。その一人が私である。 「疲れた 帰りたい」検索。 「彼氏 別れたい」検索。 「お局 辞めてほしい」検索。 「しんどい」検索。 検索窓にしか本音を書けないのだ。 愚痴を言う相手も、勇気もない。 そんな時に縋るのがインターネットしかないのだ。 「一人じゃないって思いたい」 その一心で実際に検索をかけると、意外にもたくさんの記事がヒットする。 ある記事では対処法が紹介されていて、また質問投稿サイト
夏が来てしまった。 夏といえば、水色、ミントグリーン、小粒のラメ……。 そんな涼やかで儚げな色を身に纏いたくなる季節だ。 身も心もメイクで変身実は私はメイクとコスメが大好きで、通信制高校で化粧や髪色が自由だったのも美容熱に拍車をかけた。 メイクに手を出したのは高校一年生の頃だが、最初は本当に下手くそだった。 信じられないくらい濃くておばちゃんに見えるか、信じられないくらい薄くてすっぴんと同じになるかの二択だった。 高校二年生になる頃にはそれなりに上達していた。ちゃんとリ
自傷行為として始めた性風俗。 辞めて一年以上経ってもずっと胸に残り続ける後悔、懺悔、絶望。 そしてこの気持ちは多分、分かってもらえない。それでも書くことにした。 ⚠︎この記事は、性風俗、自傷行為、親との関係などセンシティブな内容を含みます。 また、以下の内容は私個人が感じたことであり、夜の仕事に従事する方の総意ではありません。 今回は自己紹介の記事にて少し触れた「性風俗産業のキャスト」を経験した話をしたい。 匿名アカウントで裏事情やキャストの本音を発信している風俗嬢が増