コトバの重み。無意識ってコワイ。
こんにちは。
ななひたちです。
普段
“家族のために”
“子どものために”
と何気なく使っていたコトバ。
私自身がワタシについつい言っているコトバ。
心の中で唱えていることもある。
家族のためにご飯を作る。
子どものために教育をする。
最近気づいたんだよね。
“〜のために”っていらないね。
家族にご飯を作る。
子どもに教育をする。
でいい。
いや、これがいい。
“〜のために”ってさ
ちゃんとした母親になりたいって無意識下で発しているコトバだと気づいた。
『ちゃんとした母親になりたい』
『ちゃんとした母親に見られたい』
そういうこと。
自分でワタシに呪文をかけてた。
どうせだったら
“私のためにエステに行く”
“私のための特別料理”
っていう感じでこっちの方に“〜のために”を使いたい。
ワクワクして楽しそう。
決して家族を蔑ろにするわけでは無く、むしろ大切だからこそ解放されたい何かがある。気にしすぎなのかもしれない。
でも私は親から
“あなたのためにしたのよ”
“あなたのためを思って。。。”
などと言われたくない。
親は親だし
私は私。
私の子ども達にもそれは言いたくない。
だから呪文を唱えるをやめよう。
解き放とう。