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バスの中ストーリー#3苦手、でも、なにかを

ひやりとした風が吹き、秋雨が降る10月。今日もバスに乗る。

60代前半くらいのおじさんの前の席に座った。座る時から何となく違和感があったが、一度選んだ席。動くつもりはなかった。

燃え殻さんの『ブルーハワイ』が読み終わらない。かれこれ3週間ほど、出かける度に読むけれど、まだ5mm分ほど残っている。これだけ長く楽しめる本はなかなかない。初めて読むワクワクは長ければ長いほどよい。どうせ読み終われば、記憶を消してもう一度読みたいと願うことになる。

「ゴホ」という咳払いと、「チャ」という口の音。長い吐息が左肩を通り、長袖から出た無防備な左手に当たった。後ろの席のおじさんのものだった。人間から出る音が昔から苦手だった。今回も例によらず、苦手だ、と思った。

終点に差し掛かる頃、白髪の老夫婦が乗ってきた。「もっと端に詰めなさい」と苛立つおばあさんと、「これ以上詰められない」とさらに苛立ち返すおじいさん。人があからさまに苛立っている様子が苦手だ。できればその場から逃げ出したい。今回も例によらず、苦手だ、と思った。

総じて苦手な空気感がバスの中を満たす。私の苦手な動作をする彼らに、どんな言葉なら届くだろう。そんなことを考えながら、文を書く。

先日「ミドリの言葉置き場」にひとつ投稿をした。「感情をひとつつまんでみたら、とてもシンプルなものでした」。そんな文を載せた。かなり自信作だったから、弟にリンクを送り付ける。「いいね」が飛んでくるかと思いきや、「言い回しがきもい、意識高い風を装っている感じ」と返された。

書き手は読み手を選べない。読んだ全員が、Yesと賛同してくれることはない。バスの中に居合わせた彼らは、私の文を読むことはないだろう。ただ、彼らがもし私の文を読んだ時、私から何を伝えられるだろう。

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