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夏を探して




 朝、いつもより少し早く起きた。まだ暗い空に、心地よい気温。何かをするから早起きしたわけでは無い。早起きをする為に早起きをしたのだ。
 歯を磨き、顔を洗い、ダル着から外へ出れる格好へ着替える。まだ何をするか決めていない。


 とりあえず近くのコンビニまで行く事にして、僕は家を出た。時刻は午前4時を回ったところだ。いつも歩いている道も今では静まり返っている。この時間に外に出ている人なんてあまりいないだろう、そう思いながら、この静かな時間を楽しんでいた。幼い頃、遠出をする時は決まって朝早くに家を出ていた。自分の家以外はまだ電気もついていない、そんな中こっそりと出かけるというワクワク感を思い出して少し懐かしい気持ちになった。

 そうこうしているうちにコンビニに到着。そのままドリンクコーナーまで歩き、いつものお茶を買おうとした時に、ふと目に入った昔ながらのラムネの瓶。子どもの頃の懐かしい思い出に浸っている僕はそれに手を伸ばした。
 ラムネの瓶とタバコ、そして少しの朝食としてのツナマヨのおにぎりを1つ。会計を済ませて外へ出ると先程よりもほんの少し空が明るくなっていた。そして僕はなんとなく海を目指して歩き始めた。海沿いと言えば海沿いなのかもしれない場所に住んでいる僕だけれど、海を見に行く事は少ない。もったいないと言われるが別にどこにでもあるし、そんなに珍しい物では無いと思っている。

 30分程歩いたらもう海が見えてくる。浜辺へ続く石の階段は一段一段が幅広い代わりに段数は少ない。4~5段程度だろうか、それを下ればサラサラの砂に足が沈む。サラサラとした砂に足を持っていかれながら前へ進み、海の真ん前まで来た。朝だから波はさほど荒れておらず、静かな波音が心地よい。遠くに見える水平線からもうすぐで太陽が出てくるかもしれないと予想させる光が輝いている。
 周りを見渡すと何故か朝から浜辺で手持ち花火をしている女子高生らしき人がいた。1人はカメラを片手に、花火に火をつけて遊んでいるもう1人の事を写真に収めてるようだった。楽しそうだなとボーっと見過ぎていたのか、軽く会釈をされて我に返る。僕は会釈を返して、海辺に目線を戻し、水平線を見つめながら、後ろではしゃいでいる女子高生の声と、波の音、そして潮風を感じてから、階段の方へ歩いた。階段に座り込み、ビニール袋からさっき買ったおにぎりとラムネの瓶を取り出す。


 ラムネの瓶にはビー玉が入っていた。思いきり良く、しかしこぼれないよう丁寧に開ける。「ポン」という音と主にビー玉が下へ落ちる。幸い噴き出す事は無かった。小さい頃、この中のビー玉をどうしても取り出したくて瓶を割って、自分の手を切ってしまった事があった。酷く母に怒られたけど、取り出せたビー玉を大切に保管していたっけ。

 思い出に浸りながら、おにぎりを食べ、ぬるくなったラムネを口の中に流し込む。食べ合わせは良くないが、悪くはない。




 静かな波音、潮の匂い、笑い声、花火の音、夏を感じさせるには十分だった。


夏休みの宿題を放置して遊びに行っていた事

毎日日記の恐ろしさを後から知った事

書道はこっそりお母さんに書いて貰ったのを真似した事

近所の木に餌を仕掛けて、カブトムシやクワガタを捕まえた事

お祭りの屋台でどうしても金魚すくいがやりたくて無理やりお願いした事

中学生になって初めて好きな人とお祭りに行った事

花火を見てるフリをして彼女の顔をチラチラ見ていた事

帰りは手を繋いで心臓が破裂しそうな程ドキドキした事

男友達と近くの市民プールで真っ黒になるまで遊んだ事

時間を忘れて本気になってゲームしていた事

スイカを皆で食べた事

種飛ばしをして遊んだ事

暑い、暑いと言いながら普通に外で遊んでいた事


 若い頃は夏になると何故かワクワクした。秋にはハロウィン、冬にはクリスマスとか、それぞにイベント事があるのに、夏だけ何故かとても心が躍った。僕は夏が好きだと思っていた。

 大人になってから暑いだけの夏と感じていたけど、夏は変わってない。変わったのは僕だった。当たり前だけど大人になって落ち着いて虫取りなんてしないし、好きな人と手を繋いで祭りに行くのだって普通の事になってしまった。でも大人にだって夏はきっと平等だと思う。変わってしまった僕にもきっと平等に接してくれるはずだ。

 僕はポケットから携帯を取り出して、文字を打つ


【今度、一緒に祭りに行こう】


 既読は案外すぐについた


【早起きだね。おはよう。お祭り?なんでいきなり?】

【行きたくなったんだ、君と】

【何それ、くさいラブソングみたいな言葉】

【本当だよ】

【嬉しい】

【行ってくれる?】

【もちろん。休み取るね】

【ありがとう】

【こちらこそ】


 気持ち任せに送ってしまったLINE。後から後悔するかもしれないけど、今はこれで良い。

 目の前には太陽が昇り始めて、空がオレンジ色に染まりだす。いつの間にか女子高生も階段に座っていて、朝日を眺めている。
 静かな波音、潮の香り、まぶしい程の太陽。くわぁっとあくびをして背伸びをする。帰ってから少し寝ようかな。






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