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好き嫌い




1っていう数字は好き。一番になれた気がするから。

2っていう数字は嫌い。一番じゃないから。

3っていう数字は中途半端だからなんか嫌だ。

4っていう数字は不吉だから苦手。

5っていう数字は__________




 人の好きか嫌いかの基準なんてそんなもん。全部適当。自分の直感、さじ加減。だから私がいじめられてる理由も多分そんなもん。


 いじめられてるって自覚はある。だって朝学校に来たら下駄箱にあるはずの靴が無いんだもん。机の中に身に覚えの無い殴り書きの手紙が入ってるんだもん。配られてくるはずのプリントが私の所にだけずっと配られて来ないんだもん。頻繁に物が無くなって、ゴミ箱から出てきたりするんだもん。こんな事があっていじめられて無いとか思える程私は強くない。

 いつも通り学校に来たら、昨日まで仲良かった友達は目も合わせてくれないし、話しかけても無視されるし「あっち行こ」って言ってすぐどっか行っちゃうし。何度も見た光景だけど、自分の番が来たんだなってすぐに思った。
 女子特有のあの感じが苦手だった。急に子供帰りしたかの様に一人でトイレに行けない。誰かと常に一緒じゃないと強く居れない。可愛くない物に同調しないといけない。大人数でギャハギャハしてる私達が最高に楽しいよね、とか。そういう雰囲気が苦手だった。だから言ってしまったんだ


「楽しい?」


 って。
 あ、やば。とは思った。周りの子の顔がさっきまですごい笑顔で話してたのに真顔になったから、これはめんどくさい事を口にしたなって感じた。でも同時にこの子達と毎日興味の無い話をしなくていいと思った。愛想笑いをしなくてもいいと思った。何となく気が楽になった気がした。


 女子高生は特に外見を気にする。あの子が可愛いとか、あの子がブスだとか、このカラコンが良いだとか、このアイシャドウの発色が良いだとか。でもほぼ必ず「って○○が言ってた」って言葉を付け加える。YouTuberの○○、インスタグラマーの○○、Twitterの○○。そんなんばっかりだ。よく言えば共感意識が高い。悪く言えば流されやすい。影響力がる人の手のひらで踊ってる状態。だからいじめなんてものが起きるんだ。
 あいにく、私は影響力なんてこれっぽっちも持ち合わせてないし、今の状況が影響力あるとも思えない。けどこれでいいの。私はこれでいい。


 多分、いじめはきっと無くならないし、今日もどこかで誰かが辛い思いをしているのかもしれない。辛い思いを抱えて遂には自殺をしてしまう人もいるかもしれない。私はその人を救えない。同じ境遇に居ながら、同じ痛みを抱えながら、それでも私はその人を救う事が出来ない。

 私がいじめに反発しないのは、他の誰かがターゲットになって欲しくないから。今、私が絶えれば他の子はいじめられずに済むから。私がこのまま卒業まで耐えれば、きっと__________




本当に?




 今日も私は下駄箱の靴を探す事から学校生活が始まる。周りの人はいつも通りおはようと元気に挨拶を交わしている。私は靴を探している。全部いつも通り。変わらない日常の一コマだ。


「何を探してるの?」


 後ろから声がした。見た事ない女の子だった。


「あ、靴…」

「くつ?」


 不思議そうに私の言った言葉を繰り返し、私の足元に目線が下りる。


「あ、ほんとだ。靴下のままじゃん」

「うん」

「一緒に探してあげる」

「え、だ、大丈夫。」


 見たことない子だったけど今の私の状況で一緒にいる事は相当リスクがあるし、私と一緒にいるところをクラスの誰かに見られたら、彼女にも何か被害が加わりそうだと思った。けれど


「いいから。二人の方が早いでしょ?」


 彼女はそう言ってのけた。あっけらかんとしている私の腕を引いて「どの辺にありそうとか分かる?」と言ってどんどん前へ進んでいく。まずい。このまま行けば私のクラスの前まで行ってしまう。


「多分、あっち」

「ほんとに?行こ!授業始まっちゃう!」

「うん」


 嘘だ。本当はきっとクラスのゴミ箱の中にあるはず。私はクラスの反対方向を指さして探し物の無い場所へ向かった。


「ねえ、無いよ?」

「そうだね」

「本当にこの辺?」

「うん、多分」

「ねえ、嘘ついてるでしょ」

「ついてない」

「ついてる」

「ついてない」

「ついてるってば」

「なんでそう思うの?」

「顔」

「かお?」

「顔に出てる。ここに無いのにどうしようって」

「ふ~ん」

「普通靴なんてなくすもんなの?」

「私は無くす癖があるの」

「どんな癖?笑」


 そんな事言っておきながら、私の頭の中はこの先どうしようかという事でいっぱいだった。実はもう既に授業は始まっている。予鈴が鳴ってからどれくら経っただろうか。彼女もあるはずの無い場所での靴探しに付き合ってくれているという事はつまりそういう事。
 私の高校は校則も緩く先生もそんなに厳しくない。理由さえあれば授業に遅れようが、欠席しようが問題なし。靴を探しているという正当な理由を持ち合わせている私達はこの時間を最大限に生かすべきなのかもしれない。


「もしかしてさ、いじめ?」

「なんで?」

「なんとなく」

「それ言っちゃうんだ」

「うん。私もだし」

「え?」

「私も最近いじめられてるんだよね」

「そうなんだ」

「だから教室行きたくなくて、君の嘘に付き合ってるってわけ」

「なるほど」

「ほら、嘘だったんじゃん」

「当たり前じゃん、こんな誰が使ってるかもわからない教室にあるわけないじゃん」

「だよね」

「ねえ、名前聞いていい?」

「倉原真咲、2年5組」

「私は、桜井薫、2年1組」


 お互いによろしくね、と交わした。同学年にこんな子がいたのすら気付かなかった。彼女は5組、私は1組。そうそう会う事もないだろうけど、それでも同学年のこんな子がいたなんて気づかなかった。とても綺麗な女の子だ
 ふちが薄い眼鏡に、長いまつ毛。綺麗な二重に痛みを知らなそうな黒髪。白肌でニキビなんて出来た事ないんだろうか。女子が羨む完璧な女性って感じだった。いじめの原因は妬みだろうか。彼女は多くの人から妬みを買ってしまいそうなくらいすごく綺麗だ。


「あのさ、このままサボらない?」

「え?」

「今日このままサボろうよ、それで遊び行こ?」


 彼女はそう言って私の返事を聞く前に携帯を取り出した。そっとのぞき込むと「近くの映画館」と検索ワードが打たれ、ずらりと映画館の名前が出てきた。


「なんの映画見る?」

「私まだサボるって言ってないけど…」

「じゃあこのままこの学校にいる?」

「…」

「私は別にいいけど?」

「…行く」

「そう来なくちゃ」


 そうして私は人生初、学校をサボったのだ。いじめられながらも学校に来続けていたのは、意地だと思う。いじめられてそれに負けたって認めたくないっていう私の意地。けどとっくに限界が近づいていたのは分かってた。
 その日は教室に一回も行かずこっそりと校舎から抜け出して駅へと向かった。内心嬉しかった。こうして人と遊ぶのも話すのも久しぶりだったから。


「ねえ、サボるの初めて?」

「うん」

「そっか。真面目だね、笑」

「そんな事ないよ」


 久しぶりの会話に少し緊張している。一人でいるのは苦じゃないけど、あまり人と話さないと話し方を忘れてしまうものなのかもしれない。


「プリ撮らない?」

「え?」

「プリ、撮ろう?」

「私と?」

「他に誰がいるのよ」

「いいの?」

「うん。仲良くなりたいし、初サボり記念って事でさ!」


 そう言って私と彼女はプリを撮った。ぎこちないピースばかりの私に「もっと笑いなよ~」とニコニコした笑顔で彼女は言ってくる。
 そういえば、今では私の事を避けているあの子達ともこうしてプリクラを撮ったっけ。今あのプリは携帯の中にまだ保存されている。たまに見返しては本当に楽しかったのかなと疑問に思う事がある。ぎこちない笑顔なのは今と同じだが、あの頃の私は苦笑い100%って感じだ。今の私は苦笑いというよりかは、ポーズに困っている、この状況にビックリしている、緊張してるといった感じで、苦笑いとうよりかは、本当にぎこちない笑顔とい感じだった。


「何この顔~、目つぶっちゃってんじゃん」


 落書きコーナーで彼女がそう言って私の顔を見て笑っている。嫌な気持ちはしない。むしろ楽しいとまで思える。一緒にいて楽しい、居心地が良い。そんな風に思えた人は数少ない。今日初めましての人にそう思うのは人と接する機会が減って勘違いを起こしているのかもしれないと思うほどに彼女の隣は居心地がよかった。


「で、何の映画見る?今の時間からだと何でも見れそうじゃない?」

「まあ、確かに」

「どんなのが好きなの?」

「どんなの…」

「恋愛系とか、アニメとか、色々あるじゃん?」

「うーん」

「もしかして、そんなに映画見ない人?」

「うん。あんまり見ないかな」

「そっか~。じゃあ私が見たい映画に付き合ってもらっていい?」

「うん、いいよ」

「やった!じゃあこれ!」


 そう言って彼女が指さしたのは紛れもないホラー映画だった。


「面白かったね~」

「うん、そうだね…」


 映画館で上映して良いのか不安になる程の生々しいホラー映画だった。日本の映画では無いから、井戸から髪の長い女の人が出てくるとか、白いワンピースの女性が出てくるとか、そういう甘い想像を遥かに超える作品だった。血は噴き出るし、手足はもげるし、ホラーよりもグロい描写が多くてポップコーンなんて食べてる余裕も無かった。そんな私をよそに、彼女はバクバクとポップコーンを食べていた。二人で食べるように少しサイズを大きめで買ったはずの物を、ほぼ1人で食べきっていた。彼女の胃袋が一番のホラーかもしれない。


「もしかして、ホラー苦手だった?」

「なんで?」

「ポップコーン全然食べてなかったよね?」

「あ。」

「図星?」

「得意では無いけど、見れなくはないよ」


 彼女は「ふーん」と何やら得意気な顔をして先に歩き始めた。私はその後ろをトボトボと着いていき、そのまま近くのお店を巡った。得これと言って特別な事はしていないけど、私の心は穏やかだった。

 そして気付いたら私達は駅のホームにいた。駅員さん特有の声でアナウンスが入っている。


「今日は楽しかった。ありがとう」


 そう最初に言ってきたのは彼女だった。


「こちらこそ、ありがとう」

「今度は嘘じゃない?」

「嘘じゃない。本当に楽しかった」

「そっか、よかった」

_____間もなく3番線に○○行き快速列車が通過いたします。

「ねえ、明日も会える?」


 私は無意識のうちにそう聞いていた。


「うーん。無理、かな」

「え?」

「薫、もう帰らないといけないじゃん?」

「どういう事?」

______間もなく通過致します。危ないですので黄色い内側の線までお下がりください

「ねえ、危ないよ、電車が来るよ?」


 彼女はアナウンスの内容とは逆にゆっくりと線路側へ進んでいく。


「薫はさ、まだ生きてるんだよ。だから帰らないといけないんだよ」

「何言ってるのか分からないよ!ねえ、ほんとに危ないから!」

「もうすぐ薫は目が覚めるよ。だから、もう___

_____パアーーーーーーン






 真っ白い見た事の無い天井、体が重い。ここは…?


「薫…?」

「お母さん?」

「薫!!目が覚めたのね!!よかった…本当に良かった…!」


 私の腕にしがみつき、声を押し殺すように泣いているのは紛れもなく私の母だった。私の足には包帯が巻かれていて、腕にも包帯が巻かれていた。体にはあちこちから管が伸びていて色んな機械に繋がっている。
 後に続々と白衣の人達がやってきた瞬間に私は自分の今いる場所がどこなのかを理解した。


「桜井さん、目が覚めましたか。気分はどうですか?気持ち悪いとかありませんか?」

「いえ、とくには」

「そうですか、それは良かったです」


 私はどうやら学校の空き教室から飛び降り自殺を図ったらしい。幸いにも私が落ちた場所には枯葉が山ずみになっており、一命は取り留めたものの当たり所が悪く、一週間ほど寝たきりだったらしい。母は寝たきりの私にずっと寄り添ってくれていて、来るたびに花を買い足していたらしい。
 病院から退院しても安静をとってさらに一週間ほど学校を休んだ。もうかなり体は良くなっているから寝たきりなのも逆に疲れるが、母から安静にしててと釘を刺されている。寝たきりの私にずっと寄り添ってくれていた母に申し訳がない気持ちでいっぱいな私はその言葉を無視する事は出来なかった。私は母に言われた部屋の掃除と、物置の整理を時間がある時に進めていた。


 そして見つけたのだ、黒髪の眼鏡姿の彼女を。その写真を見た時に忘れかけていた記憶が一気に蘇った。夢の中だったが、私は彼女と遊んだ。普通の高校生の様に遊んだ。とても楽しかったし、心地よかった。でも全部それは夢だった。撮ったはずのプリクラはどこを探しても見当たらない。でもなんであった事も無い人が夢に出てきたんだろうか、気になってなまらなかった私は、母が帰ってきてからすぐにその写真を見せて聞いた。


「いとこの真咲ちゃんね。とっても綺麗な子だったわ」

「だった、ってなに?」

「その子、駅のホームから飛び降りて自殺したのよ」

「え…」

「確か去年だったかしら、後から分かったんだけど、真咲ちゃんいじめられてたらしいの」

「…」

「誰にも相談してなかったみたいで、それで___」


 母はそれそれ以降は何も言わなかった。そして私もまた同じく彼女と夢の中であった事は言わなかった。

 彼女が最後に見せた表情が頭にこびりついて離れない。口元は口角が上がっているものの、少し震えていて、目は笑っているのに涙が溜まっていた。笑っている様に見えてしっかりと泣いていた。夢の中での彼女はとても強いと思っていたけど、それは本当の彼女ではなかったのかもしれない。誰にも相談できずに抱え込んで終いには自殺してしまった。
 実は私もいじめられている事を誰にも話していなかった。けれど今回の一件で全部話した。自分でも朦朧としていたのかもしれないけど、それでも自分も彼女と同じく自殺を図った。それは紛れもない事実で、この傷も夢ではない。でも私は彼女と違って生きている。彼女が夢の中で言っていた「生きているから、帰らないと」という言葉が重くのしかかる。

 本当は彼女も生きていたかったのかもしれない。本当はいじめの事を誰かに話したかったのかもしれない。誰かに助けを求めていたのかもしれない。彼女は夢の中で私にいじめの事を明かしてくれた。でも手遅れだった。もう彼女はこの世には居ないのだと、写真を見て改めて実感する。




 あいにく私の自殺未遂でいじめが終わるかと思ったが、案外そうでもなかった。私が学校へ復帰しても下駄箱に靴は相変わらず無かった。机の中の殴り書きの手紙は心なしか前よりも多く感じた。手紙を全てゴミ箱に捨てようと取り出した時、床に紙が落ちた。そこには「ごめんね」と書かれていた。誰が書いたかも分からない。当たり前だが名前もない。でもその執筆からして、多分、前に仲良くしてた人の物だった。それすらもいたずらかもしれないけど、私はその文字を見た時に少し心に余裕が出来た。少しでも申し訳ないと思ってくれているのかと思うと、怒りよりも涙が込み上げてきそうだった。


 好き嫌いなんて人のさじ加減。何となくで嫌いになって、何となくで好きになって、何となくで人をいじめる。なんとなくが蔓延るこの世の中で私も生きていかないといけない。
 いじめは今日も無くならない。でも私は何となく大丈夫な気がする。何となく大切な事に気づけたから。私は世の中のいじめを無くせる程の力は無い。影響力も無い。けど、生きている。ただそれだけでいいのだと。辛くても苦しくても、絶対に自分の味方は必ずいるという事。姿は見えなくてもどこかに必ずいる事。
 そしてその味方は私だから。


だから私は今日もあなたに生きて欲しい そう思ってるよ






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