2022年5月の映画傑作ラッシュメモ①『マイスモールランド』の光と、美しさの影
言うまでもなく5月、ゴールデンウィークは映画の激戦区である。名探偵コナン。シン・ウルトラマン。流浪の月。ハケンアニメ!。そしてトップガン。次から次への勝負作が投入される、ワールドカップで言う『死の組』である。グループリーグの予選通過が2組であるように、普通に生活する観客が見られる映画の数は決まっているので、見逃してしまう作品も出てくるのではないかと思う。というわけで今日から何日か、5月に公開された映画の良い点と悪い点、良い悪いというと偉そうで申し訳ないけど、好きな所と微妙な点をを振り返っていこうと思う。
『マイスモールランド』は、クルド難民をテーマに、日本の難民政策や入国管理局の在り方を問う作品である。主演はviviモデルの嵐莉菜。父はロシア、イラク、イラン、母はドイツと日本にルーツを持つマルチルーツだ。この映画は嵐莉菜だけではなく、彼女の実際の家族を母親以外そのままクルド人家族役としてキャスディングしている。嵐莉菜の嵐は、父親アラシ・カーフィザデーのファーストネームから取られた芸名である。
メガホンを取るの川和田恵真監督もまた、海外にルーツを持つ女性だ。(ルーツの詳細は書かれていないが、パンフレットの写真では彫りの深く肌の白い顔立ちに見える)パンフレットの中で川和田監督は、当初は実際に在日クルド人をキャスティングしようと考えていたが、スクリーンに顔と名前が残ることで彼らの将来に危険がある可能性を考えて、嵐莉菜たち、クルドのルーツを持たないミックスルーツの俳優で撮影することを決意したと語っている。わざわざそれを語るのは、当事者の役は当事者が演じるべきだ、という価値観へのエクスキューズの意味もあるのだろう。
安全配慮として納得できる判断でもあり、映画の内容自体も、クルド人難民たちが置かれている困難な状況を日本の観客に向けてわかりやすく説明できている。脇を固める日本の俳優たちも素晴らしいキャストが協力していて、高い評価を受けるべき映画だと思う。
ただ同時に、映画の全編にわたって、川和田恵真監督の「ある決断」を感じる作品であることも事実である。それはこの作品を単に「誠実な作品」に終わらせない、ある面では日本の観客の耳目を引きつける大衆的な作品に仕上げなくてはこの問題を訴えることができない、意識の高い人々の輪で評価されるだけに終わらせてはいけないという決断である。それは端的に言えば、主演に嵐莉菜というズバ抜けて美しいファッションモデルを起用した所にも現れている。
映画のストーリー、クルド人難民をめぐる困難な状況と日本の観客をつなぐ映画の中心に嵐莉菜がいる。演技は経験が浅いにも関わらず、自然で上手い。たとえクルド系のルーツでなくとも、この問題を訴えるために俳優として素晴らしい仕事をしたと賞賛されるべきだし、監督の起用としても正しい選択の一つと言えると思う。
ただ同時に、もしも主演が嵐莉菜でなかったら、この映画と日本の観客をつなぐ力は削がれてしまっていたんだろうな、と考えざるを得なかったのも事実だ。もし主人公が美しい少女ではなく、社会への深い怒りを目に浮かべた青年だったら。病気を抱えた老人だったら。主演が美少女だからルッキズムでこの映画はダメだ、という話ではなく、俳優も監督も、美少女でなければ見向きもされない残酷な社会の中でなんとか日本の中の大衆を振り向かせようとしている。
映画の中で主人公の少女は、自分がクルド系だと友人に告白することが出来ず、ドイツのルーツがないにもかかわらずドイツ系だと学校でアイデンティティを偽っている。それはある意味では、クルド系ではないにも関わらずクルド難民を「演じる」ドイツ系の嵐莉菜の立場と表裏をなす、映画の作り手からの多面的な批評を込めた台詞にも思えた。
その「美しさの影」は実は、映画のストーリーテリングにもある影響を落としていると思う。
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