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日本アカデミー賞に思う、俳優と演技と賞の関係について

日本アカデミー賞は、ネットであまりよく言われない。まあご存知のとおり色々な理由で無理もないと思う。でも言ってはなんだけど、選考が微妙な賞というのは日本アカデミー賞だけではない。
「日本の映画賞は役者ではなく、役に賞を与えている」と言ったのは、たしか映画『劇場』が公開された時の行定勲監督だったと思うのだけど、そのインタビュー記事を見失ってしまった(ご存知の方がいたら教えてほしい)
(記憶が確かなら)行定監督の真意はつまり、俳優の演技ではなく脚本に書かれたキャラクターの魅力に役を与えてしまっている、盛り上がり感動する役を演じた役者ばかり評価するということだったと思う。

というか、映画や俳優をひとつ選んで最優秀賞を決めることは、本当はものすごく難しい。人類の新記録を出したランナーと、誰もが負けると見られた試合をひっくり返してチャンピオンになったボクサーと、片足で美しいバレエをおどるダンサーを比較するみたいに。(だから今年のベスト10みたいなのを選ぶのも僕は苦手である)でもものすごく分かりやすいから、人は賞を好む。「序列と権威」で人間を並べる本能はサルの脳みたいに社会の中にインプットされていて、人はそれに引き寄せられる。

今回の2022年アカデミー賞で、松岡茉優は『騙し絵の牙』で優秀主演女優賞に選出されている。(最優秀主演女優賞はセレモニー当日発表される)『騙し絵の牙』の主演は大泉洋という情報ばかりで松岡茉優がW主演にクレジットされていた記憶がないのだけど、まあ評価してくれるならそこは黙っていよう。
前々回、2020年の日本アカデミー賞最優秀主演女優賞は、個人的には松岡茉優に取ってほしかった。取るべきだった、と書けないのは、そもそも賞なんてそれを運営してる人たちがその人たちの基準であげたい相手にあげるものだし、そこに「べき」なんてものはないからだ。
でもあの年、『蜜蜂と遠雷』の松岡茉優の演技は素晴らしかったと思う。松岡茉優だけではなく、コンクールに挑むピアニストたちの群像劇を描いたあの映画では、それぞれの人物たちの音楽の才能の在り方を、演じる俳優たちの演技と重ねるような撮り方になっている。広瀬すずがロケ先のエキストラで見かけて子犬を拾うみたいにスカウトしてほとんど演技の経験がない、という冗談みたいな経歴の鈴鹿央士が、規制の音楽教育から外れた規格外の天才を不気味な凄みとともにみごとに演じているのはその象徴だ。
そういう映画の中で松岡茉優は、かつて天才だった少女がその才能を見失い、そして再び自分の中の光に再会するという物語を演じている。難しい役だが、その主人公の変化を彼女は、過去に演じたいくつもの役と演技を数珠繋ぎにするようにして演じた。迷う主人公は『勝手にふるえてろ』の江藤良香のように。すべてを吹っ切ってピアノに向かうクライマックス、蘇った天才の横顔は『ちはやふる』の若宮詩暢のように。たしか自分自身でも「第一章の集大成」と位置づけたインタビューが当時あったと思うけど、それは作品のために捧げた演技であると同時に、俳優としてのセルフヒストリーになっていたと思う。
もともと松岡茉優は日本アカデミー賞にかぎらず、その力にふさわしいほど賞を贈られてこなかった。映画『桐島、部活やめるってよ』の演技を爆笑問題の太田光に絶賛されたことを以前文春オンラインの記事に書いたことがあるんだけど、太田光に「化け物」「上手すぎて浮いてる」スレイヤーズクロニクルの瀬々監督に「若いのに円熟の域に達している」と言われながら、『ちはやふる』で若宮詩暢を演じる2016年まで、受賞歴は2015年のゆうばり国際ファンタスティック映画祭  ニューウェーブアワード 女優部門のみだ。

それは珍しいことではないのかもしれない。演劇を見ていると、世の中にはテレビにも映画にも出ていないけど美しかったり素晴らしい演技をする俳優がたくさんいることに驚く。僕たちが映像で見るものは世界の一部であって、世界の頂点ではないのだ。それは日本だけのことではなく、たぶん世界中でそうなのだろう。賞とは無縁の才能がたくさんいるのだ。『遠雷と蜜蜂』のピアニストたちのように。

2016年『ちはやふる』と『猫なんて呼んでもこない』で松岡茉優はようやくTAMA映画賞 最優秀新進女優賞と山路ふみ子新人女優賞を受賞するのだけど、日本アカデミー賞が松岡茉優を評価するのは『万引き家族』に出演してから、というより『万引き家族』がカンヌでパルムドールを受賞したあとになる。

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