働かないアリとしての矜持と義務
働かいことにも意義がある、といったら「ふざけている」と思うだろうか。
一部の人にとっては腑抜けや怠慢ととられるだろう。
しかし、世の中には働きたくない、という人種もいるのだ。
いや、もしかしたら皆取り繕っているだけでそっちのほうが多いんじゃないか?
俺は働いていない。
あえて働いていないのだ。
いや、生活はどうすると思うだろう。
ニートやヒモ、と思うかもしれないが、そうではない。
俺は国から働かないように指定されたのだ。
黒いスーツを着た男はある日、突然やってきてこういった。
「働かないで、平和に健康に暮らしてほしい」と。
「その代わり、十分な生活は保障する」とのことだった。
めちゃくちゃ怪しい話で半信半疑だったが、男はまとまった金と合わせて、自分を「働かせない」必要性を教えてくれた。
働きアリの2割は働かない、という話を聞いたことはないだろうか?
一生懸命働いているように見える働きアリの中、その2割くらいが実はサボっているのだ。
それはそのアリの怠慢というわけではない。
働かない2割のアリを取り除くと残った8割のありの中からやはり2割程度は働かなくなってしまう。
それは必要なモノなのだ。
何かがあった時に必要なバッファ。10割のアリが一生懸命に働いている状態とはつまり、車のアクセルを踏みっぱなしにしているような状態だ。
そんなことでは、車が壊れてしまう。
アリたちがそれを理解しているかはともかく、それが進化の中の生存戦略で必要だったのだ。
そして、自分の話に繋がる。
俺は国の中の2割に当てはまるということらしい。
黒づくめの男は淡々と言った。
「あなたが適当に働くくらいならば、いっそ働かずにいてくれたほうが全体的に効率がいいのです」
なんとも残酷な話だ。
自分が適当に働くよりも、優秀な人がより集中できるように、働かない選択をしたほうが国にとって有益という判断とのことだった。
その代わりにいわゆる文化的最低限度の生活は保障してくれる、ということだった。
ただしいくつかの制限や制約はあった。
余剰は不要、というわけではない。何かあった際には必要となる存在であるため、健康には気を遣い、平たく言えばちゃんと生活をしていけ、ということだった。
しかし、それ以外に大きな制限はない。
一生懸命に努力してもそこそこの人生に必死に食らいつけるかどうか、と働きながら感じていた自分にとっては、なんとも都合のいい話だった。
そんな生活を数年していたある日、黒づくめの男が再び現れた。
「余剰が必要になった」
とのことだった。
予備役のように招集命令が来た場合は従わなければいけない契約だ。
俺は、残念とも思わなかった。
自由気ままにくらし、暇を持て余していたのだ。
働くのも悪くはない。
いや、正直とんでもない戦場に向かわされる可能性もゼロではない。
怯えもある。
「で、おれは何をすればいいんだ?」
が、いつからか俺は、俺が活躍できる日を待ち望んでいた。
ようやく、自分の人生に意味が宿るのだ――――……!!
「いえ、なにも――あなた自身はなにもしなくていいんです」
そう言いながら、スッと立ち上がった男は俺の首筋に針を刺した。
小型の注射針は、なにかを注入した。
身体が急激に弛緩し、意識が霞んで、い、く―――
「よし。運んでくれ。働いてくれている8割のために肉一片まで役立てよう」
2割は、残り8割のためにあるのだ。