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人権に配慮した最先端の牢獄

「さぁ――こちらですよ」
 そう案内されたのは、最先端の”牢獄”だった。
 
 刑務所と言われてどういったものを想像するだろうか?
 
 高いコンクリの塀。
 鉄格子。
 厳しい規律の生活。
 看守。

 いろいろな要素を思い浮かべるだろう。
 だが、ここにはそれらが何一つない。
 
 いや、本当に何一つないのだ。
 クリーンでただっぴろい部屋。
 心地よい空調
 整列して並べられた棚。

 たとえるならば図書館やサーバールームに近いだろうか。

 一昔前の刑務所と言えば、罪人を罰するような面が強かった。もしくはそういったものを丁寧に扱うという心遣いがなかった。

 だが人権派やら多様性やらが叫ばれ、受刑者の扱いが厳しく監視されるようになった。
 そこで丁寧な扱い、人間としての最低限度の生活、というのを保障しなければならなくなった。

 その結果――外で暮らすよりも塀の中のほうがいい暮らしと言われるようになってしまった。
 三食昼寝付き。クリーンなベッドにネット環境、あげくにはスマホまで支給される、掃除さえ清掃員がする始末。

 終身刑が一番元手の掛からないFIREとさえ揶揄され、それがあながち冗談ではなくなった。

 そこまで行き過ぎの配慮に、また苦言が呈された。
 そして、現実的な問題として、刑務所の維持費が莫大となり、破綻寸前となった。
 
 また以前の刑務所に逆戻り・・・をすることにもいかない。
 人権に配慮しつつ、効率的な”牢獄”が必要となった結果。

 一部が民間に委託された。
 その企業はすべての人に配慮した刑務所を作り上げた。

 それがこの最先端の牢獄。

 このクリーンルームのような部屋。
 しかし、そこには重要な要素が欠けていた。

 囚人だ。

 牢獄がこぎれいでも、ハイテクでもなんでも、囚人がいないことにはそこは牢獄足りえない。

 囚人たちはどこに――?
 そう疑問を口にすると、案内人は「ああ」という仕草とともに手元のスイッチを押した。

 それを合図として機械音が響き、広い部屋に敷き詰められていた棚のカバーが開口する。

 そして、そこにあったのは――生首。

 棚にはちょうどの大きさの円柱グラスに入った生首がずらりと並んでいた。

「すみません。開いておくと驚く人がいるもので――ここの受刑者たちです」

 ずらりと――その生首の群れは、すべての棚、すべての段、見渡す先まで敷き詰められていた。

「ご安心ください。皆さん、当然、生きています」

 案内人が丁寧に、この画期的な収容所の仕組みを説明してくれる。

 受刑者は刑期中、首だけの状態になる。
 首だけの状態で培養液のグラスに入れられ、保管されるのだ。

 生命維持に必要な栄養や酸素などはすべて容器内の液から供給される。
 そして、脳には電気的な刺激が与えられ、意識は保たれ、囚人は仮想現実のような世界で生活を続ける。

 その刺激は制御され、リアルな囚人生活を体験させられる。
 空間にも現実にも縛られることのない、人権に配慮された収容生活のバーチャルリアル。

「とてもミニマムな設計です。一人に一畳の必要ない。現実的には土地的にも費用的にも一人にたった一畳の広さを充てるのさえ、厳しい。しかし、人権団体は一畳の空間は非人道的だと訴えてくる。なんせコンシェルジュさえご所望されるくらいだ。
 しかし、このシステムならば首一つのスペースで、満足な収容生活を送らせられる」

 案内人は自慢げに語る。

「実の効率的で――人に優しい仕組みでしょう?」


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