扉の向こうに春がある
桜が咲いた。
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数日前、花屋さんの前を通りかかったとき、息子が言った。
「お母さん、桜が売ってるよ。おうちにあったらうれしいんじゃない?」
そうだね、と言って、わたしは息子に好きな枝を選ばせ、小銭を握らせた。
息子は花屋さんに「お願いします」と言いながら桜の枝と小銭を渡し、セロハンで巻いてもらった枝を受け取る。しっかりと「ありがとうございます」を言って、案の定、おつりをもらわずに店先で待つわたしのもとへと駆けてきた。
持ち帰った桜の枝をどこに飾ろうか悩んだ末、玄関に息子の顔ほどもある大きなフラワーベースを用意して、そこへ無造作に挿しておくことにした。
買ってきたその日も、翌日も、つぼみはまだかたいままだった。
2日ほどして、つぼみはピンク色を帯びてふっくらとしている。
息子は意に介する様子もない。
だけど、その日、息子といっしょに保育園から帰って玄関のドアを開けた瞬間、一輪だけ見事に開花している桜が目に飛び込んできた。
息子くん!桜、咲いてるよ!
わたしが言うと、息子は「ほんとだ!」と言って、開いた花をじっくりと眺める。
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その翌日からは、玄関を開けるたび、咲いている花の数が増えていく。
扉の向こうに春がある、と思うと、玄関のドアを開けるなんていうなんでもない動作が楽しみでたまらなくなる。
うれしいね、そう言いながら息子が笑う。
手を伸ばせばそこに、春が待っている。