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障がい者の就労に関係するアセスメントツール
障がい者の就労に関係するアセスメントツール
この記事では、就労支援の現場で活用されている、障がい当事者の状況を把握し、適切な支援を行うためのアセスメントツールを紹介します。厚生労働省等で作成されたものを含め、代表的なツールを取り上げ、それぞれの概要や特徴を詳しく解説していきます。
就労支援におけるアセスメントの重要性
就労支援において、アセスメントは利用者の状況を把握し、適切な支援を行うための重要なプロセスです。アセスメントの内容と方法を理解し、就労支援の中で用いることで、個々の利用者の個別支援計画の策定や日々の就労支援及び訓練における支援の見立てなどを立てる上で大変役立ちます。
この記事では、障がい者の就労に関係するアセスメントツールを、シート、チェック表、ツールなどの種類別に分類しました。それぞれのツールの概要、目的、対象者、評価項目などを調べることで、就労支援の現場でより効果的にアセスメントツールを活用できるようになることを目指しています。
厚生労働省が作成したアセスメントツール
厚生労働省は、障がい者の就労支援のために、下記のようなアセスメントツールを作成しています。
ワークサンプル幕張版(MWS): 事務作業や実務作業を通じて、障がいの状況や作業能力を把握するためのツールです。障がい者全般を対象としており、地域障害者職業センター、就労移行支援事業所、障害者就業・生活支援センターなどで活用されています。MWSは、様々な職務に対応できるワークサンプルであり、職業能力を評価するだけでなく、作業を行う上で必要となるスキルや職務遂行を可能とする環境(補完手段や補完行動、他者からの支援等を含む)を明らかにすることができます。
幕張ストレス・疲労アセスメントシート(MSFAS): 精神障がい者などを対象に、ストレスや疲労の状況を把握し、対処方法を検討するためのツールです。 本人自身が記入する利用者用シートと支援者が記入する支援者用シートがあり、両者が協力して作成します。ストレスや疲労の生起を環境との相互作用の視点から捉え、本人の興味や関心など、ストレスや疲労の解消につながる緩衝要因の把握を重視しています。MSFASは、「トータルパッケージ」として、利用者の環境を網羅的に把握し、個々人の全体像を捉えていくことを重視しています 5。
ナビゲーションブック: 発達障害がい者などが対象で、自身の障がいへの理解を深め、支援者などに配慮してほしいことをまとめて事業主や支援機関に説明する際に活用します。障がい者自身が作成するツールで、就職活動や職場定着を円滑に進めるために役立ちます。
就労移行支援のためのチェックリスト: 就労移行支援事業所などが、個別支援計画の作成をはじめとするサービスを実施する際に利用できるチェックリストです 。就労関係機関が支援対象者について共通した認識をもって支援を実施するための支援ツールでもあります 。
就労支援のためのチェックリスト(訓練生用および従業員用): 教育・訓練、福祉等の機関や事業所が連携して連続した就労支援を円滑に行えるよう、関係者が共通して使用することができるチェックリストです。就労前の教育・訓練場面において活用する「就労支援のための訓練生用チェックリスト」と、就労後の雇用管理・人材育成場面において活用する「就労支援のための従業員用チェックリスト」の2種類があります 。
就労支援のためのアセスメントシート: 障害者職業総合センターが開発したツールで、就労を検討する本人や支援者が、就労に関する本人の希望や強み、就労に向けた課題を知るための取り組みを共に行い、アセスメントを行うためのシートです。
地方自治体におけるアセスメントツールの活用
地方自治体においても、障害者就労支援センターなどで独自のチェックリストやアセスメントシートを作成・活用している場合があります。
今回の記事では、各都道府県庁と政令指定都市のウェブサイトを調査しましたが、具体的なアセスメントツールの情報を掲載するには至りませんでした 。しかし、各自治体では、厚生労働省が提供するツールを参考に、独自のツールを作成・活用していることが散見されました。
専門家・研究者からの意見
就労支援に携わる専門家や研究者へのインタビュー調査では、アセスメントツールを効果的に活用するために、下記のような意見が挙げられました。
発達障がいのある人の就労においては、仕事そのものよりも職場環境が大きな影響を与えるため、ソフトスキルを評価できるアセスメントツールが重要である 。
BWAP2 は、IQ 値で分類される知能検査とは異なり、個別の移行計画を設定できるという利点がある 。
アセスメントツールの実施は簡易で短時間で行えるものが多いが、その結果を分析し、支援方法を検討するためには、適切な研修を受ける必要がある 。
アセスメントは、ご利用者の就労の可否を判断するためだけのものではなく、課題を解決し、幸せな生活を送れるように援助するためのもの 。
その他のアセスメントツール
上記の他に、下記のようなアセスメントツールがあります。
BWAP2 (ベッカー職場適応プロフィール): 知的障がい者が就労する上でどのようなことが課題となっているかを評価するために開発されたツールです 。現在は、発達障がいや知的障がいのある方の就労支援にも活用されています 。仕事の習慣・態度、対人関係、認知能力、仕事の遂行能力の4つの項目を評価します 。BWAP2 は、ソフトスキルに焦点を当て、障がいのある人の中での相対的な能力水準を示すことができるという点で、他のアセスメントツールとは異なります 。
各アセスメントツールの概要
1. ワークサンプル幕張版(MWS)
概要:事務作業や実務作業を通じて、障害の状況や作業能力を把握する
目的:職業能力の評価、作業に必要なスキルや職務遂行を可能とする環境の明確化
対象者:障がい者全般
評価項目:OA作業、事務作業、実務作業
入手方法:株式会社エスコアール
利用方法:職業準備段階、職場復帰段階等における作業支援
開発元:独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター
2. 幕張ストレス・疲労アセスメントシート(MSFAS)
概要:ストレスや疲労の状況を把握し、対処方法を検討する
目的:ストレス・疲労の軽減・解消方法の検討
対象者:精神障がい者など
評価項目:ストレスや疲労のサイン、ストレス・疲労の生起過程
入手方法:独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構
利用方法:職業相談・職業評価
開発元:独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター
3. ナビゲーションブック
概要:自分の障がいへの理解を深め、配慮してほしいことを伝える
目的:就職活動や職場定着の円滑化
対象者:発達障がい者など
評価項目:障がい特性、職業上の課題、配慮事項
入手方法:独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構, JIER Inc
利用方法:職業相談、就職・職場復帰段階
開発元:独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター
4. 就労移行支援のためのチェックリスト
概要:就労移行支援事業所等が、個別支援計画の作成をはじめとするサービスを実施する際に利用する
目的:対象者の就労移行についての現状を把握
対象者:障がい者全般
評価項目:日常生活、働く場での対人関係、働く場での行動・態度
入手方法:独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構
利用方法:個別支援計画の作成段階、支援期間中の諸段階
開発元:独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター
5. 就労支援のためのチェックリスト(訓練生用および従業員用)
概要:教育・訓練、福祉等の機関や事業所が連携して連続した就労支援を円滑に行うために使用する
目的:就労に向けた課題を具体化し、効果的な支援を行う
対象者:
訓練生用:特別支援学校生徒、訓練生、福祉機関利用者
従業員用:在職障害者
評価項目:
訓練生用:日常生活、対人関係、作業力、作業への態度
従業員用:職業生活、対人関係、作業力、仕事への態度
入手方法:独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構
利用方法:一定期間経過した後の訓練・就業状況等を振り返る際(年3回程度)
開発元:独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター
6. 就労支援のためのアセスメントシート
概要:就労を検討する本人や支援者が、就労に関する本人の希望や強み、就労に向けた課題を知るための取り組みを共に行い、アセスメントを行う
目的:対象者の就労に関する希望や強み、課題を把握・分析
対象者:就労を検討している障害者
評価項目:就労に関する希望・ニーズ、就労のための基本的事項、就労継続のための環境
入手方法:独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構
利用方法:対象者と支援者による協同評価
開発元:独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター
7. BWAP2 (ベッカー職場適応プロフィール)
概要:知的障がい者が就労する上でどのようなことが課題となっているかを評価する
目的:就労における課題の把握
対象者:高校生・大学生~成人
評価項目:仕事の習慣/態度、対人関係、認知能力、仕事の遂行能力
入手方法:合同出版
利用方法:日頃の様子や、仕事(実習を含む)をしている様子を見て評価
開発元:ラルフ・L・ベッカー博士(Ralph L. Becker, Ph.D. オハイヨ州コロンバス州立大学教授)
結論
障がい者就労支援には、それぞれ個人の状況を把握し、適切な支援を行うことが重要です。そのため、多様なアセスメントツールを目的に合わせて活用することが求められます。
今回ご紹介した、厚生労働省が作成したアセスメントツールは、それぞれ特徴や対象者が異なり、就労支援の様々な段階で活用されています。また、地方自治体においても独自のツールを作成・活用している場合があり、就労支援の現場では、これらのツールを適切に選択し、ご利用者の就労支援に役立てることが重要です。
さらに、専門家・研究者からは、ソフトスキル評価の重要性やアセスメントツールの効果的な活用のための研修の必要性なども指摘されています。これらの意見を踏まえ、アセスメントツールの開発・改良、活用方法の改善などを進めることで、障がいをお持ちの方への就労支援の質を向上させることができると考えます。
今後の展望
就労支援の現場では、アセスメントの重要性に対する認識が高まっており、アセスメントに関する様々な取り組みが行われています 。今後は生成AI や ノーコードアプリ開発などのテック技術を活用した新たなアセスメントツールの開発や、既存ツールの改良などが進むことで、より精度の高いアセスメントが可能になることが期待されます。熊本でも地域に根ざした支援の輪をさらに広げていきたいものです。
この記事が何かのお役に立てば幸いです。