かくして私は床屋へ足を踏み入れる
今まで私は、おしゃれな美容室に縁のない人生を送ってきた。
私は佐賀県伊万里市という田舎に生まれ育った。
幼少期は家の真向かいにあった、「前田のおばちゃん」の美容室に連れて行かれていた。赤いベルベッドのソファ、フランス人形、折り紙で作ったモビール、色褪せた柄の床、パーマ液のにおい、くるくるパーマの前田のおばちゃん。そんな場所だった。
小学校に入ってからは、母の知り合いの美容室に親子で通っていた。かれこれ小学校〜高校卒業まで通ったと思う。「サロン・ド・◯◯◯」という名前の美容室だった。
高校を卒業し地元を出て、佐賀市に引っ越してからは、たまたま家の近くにあった美容室に。50歳前後の、腕がよく気の強い美容師さんだった。
仕事で悩んでいる時には度々人生相談に乗ってもらっていた。スパッと潔い意見を言ってくれるので苦しい日常から救われるひと時でもあった。
そんな佐賀での24年間の美容室遍歴を経て、1年半前に福岡に引っ越してきた。
そう、初めて自ら美容室を選ぶ時が来た。
選ぶ基準がわからず、まずホットペッパービューティーを使って美容室を調べてみた。
それは驚愕の光景だった。
辿れども辿れども一覧に並んでいる写真はリカちゃん人形。
星の数ほどある美容室の違いがまるでわからなかった。
リカちゃん人形とは真逆の、どちらかというと牧歌的な土偶マインドで生きてきた私にはとても耐えられなかった。
ホットペッパービューティーで探すのは諦めた。
結局友人にオススメを聞いてみて、教えてもらった美容室を選んだ。
個性的な髪型が得意な美容室で、私の好みのスタイルに一番近い雰囲気。
友人の紹介なこともあって、担当してくれた美容師さんとはすぐに打ちとけることができた。
福岡でも安心して髪を切れる場所が見つかった。
けれども__
初めて足を踏み入れた時はめちゃくちゃ緊張した。同世代のめちゃくちゃお洒落な髪型・服装の美容師さんたち。お洒落な空間にローの強いテクノが大音量で流れている。
普段古くて汚い居酒屋やヨボヨボの喫茶店などに生息している私にとって、通うようになった美容室は生活圏内の中で間違いなく一番お洒落な場所だ。
インスタで #美容室 と調べると、出てくるのは綺麗なお姉さんやお洒落な写真ばかり……
私が24年間通ってきた「そろそろサッパリするか」くらいの、生活の延長上に髪を切るような美容室とはやっぱり異質のものだ。
SNSによって美容室の存在はどんどん非日常化しているのではないだろうか。
お洒落になる場所を超えて、お洒落していかなければいけない場所__
もちろん通うようになった美容室は毎回かっこいい髪型にしてくれるし気に入っているけど、正直「美容室」そのものがなんだか息苦しい。もっとトレーナーにジーパンで気軽に行けるようなところはないものか…
そんな時ふと目に入ったのが、職場の近くにある「真心込めたカットの店 ドリー夢」という名前の床屋さんだった。
路上観察が好きな私にとって、「ロマンチック美容室・理容室」みたいな場所を見つけるのも好きだったけど、そういえば観察だけで、実際に切ってもらうようなことはなかった。
もしかして、こういう場所で髪を切ってもらうことが私の最適解なのではないかと思い始めた。
……一度行ってみようかしら。
できれば美容室ではなく、今まで全く行ったことがない未知の床屋さんへ。
こうして私は床屋へ足を踏み入れ始めた。