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「波士頓理髮廳」を訪ねて

語学学校の通学路、たまに気分転換したい時に通る永康街で、とある床屋が気になっていた。
頭の中の方位磁石をたよりに入り組んだ巷子をうねうね歩くといつの間にか目の前に現れる、ひっそりとしかし立派に佇む建物。
「波士頓理髮廳」
その看板の文字の存在感と重厚感のある扉に、通りかかるたびに惹かれていた。

12月のある日、突然InstagramでDMを頂いた。
東京を中心に活動する[Tokyo Barber Club / 東京床屋倶楽部]の方から「noteを見ました、今度台湾の床屋巡りをする予定なのでよければ一緒に」という内容だった。
私は同志がいることへのアンテナを全然張れておらず、お二人の活動をこの時初めて知った。床屋Loverとして海を越え台湾にやって来られるお二人に感激して即答で「ぜひ!」とお答えした。

すっかり寒くなった12月の下旬どんよりとした薄曇りの中、機材をかついで本当に東京から台北までやって来たお二人と初めましての挨拶をし、早速憧れの「波士頓理髮廳」へ向かった。

外からは薄暗くみえ開店しているのか不安になりつつも中に入ってみると、背筋のシャンとしたボブヘアーのおかあさんが迎えてくれた。

「彼ら日本から来たんです、顔剃りとシャンプーをお願いしたいのと、撮影してもいいですか?」と話すと「今日もう一組撮影したいって電話があったけどその人たちとは別なのね?」と、のほほんとしながら快諾してくれた。
Instagramでこの場所を検索するとたくさんの写真が出てくるようにやはりこの外観に惹かれる人は多くいるようだ。

ゆっくりと丁寧に施術は進み、壊れかけなのか風圧がものすごく弱い銀色の古いドライヤーで丁寧にセットされていくTokyo Barber Clubの方。
店内はラジオなどのBGMもなく終始シンとし、おかあさんの手捌きの音だけが聞こえていた。

施術を終え、まるで昔の映画俳優のようなビシッと決まった髪型にセットされたところを「ほらかっこいいでしょ」と絶賛するおかあさん。
そして私もカット可能かどうか聞いてみた。日本では床屋でカットOKなことが少なかったこともあり断られるかも……と思っていたものの、おかあさんはまたのほほんと「あなたも切るの?はい、座って」と言ってくれた。


カットをしながら色々な話をした。

80歳になるというおかあさん、理容師の仕事は約60年、このお店は50年続けている。
店内はとてもスッキリしていて、丁寧に大事に手入れされている様子が伝わっていたけれどおかあさんはとにかく綺麗好きで暇があるとお店の中をいつでも掃除すると言った。
若い頃は旅行に行くことが好きで、よく日本にも旅行に行っていたこと。お店のハサミやケープなどの道具は日本で買ったものが多く、日本のものは質がいいと絶賛していた。壊れかけているように見えたドライヤーももしかしたら日本で買って大切に大切に、使い続けているものかもしれない。私に掛けられたケープも「東京」という文字の百面相柄だった。

元々旦那さんと二人で営んでいたお店は、2年ほど前に旦那さんが体調を崩してからはおかあさん一人で営業するようになったと。
娘さんの話も聞かせてくれ、「若い人はたくさん可能性があるよ」「大事なのは勉強することだよ」「お店は人を待つから暇な時は本当に退屈だ」とこぼしながら、終始お喋りを楽しんだ。


そうしていつの間にか綺麗に整えられた私の髪。お店の名前にも「頓」とあるように("波士頓"の意はおそらく"ボストン"だけど)、整えるという言葉がとてもしっくりくるようなキチンとした仕上がり。
おかあさんは「私は今はボブだけどね、若い頃はあなたと同じくらい短かったよ」と話した。自分の髪も鏡を見ながら自分でカットしているから今はボブヘアーだけど本当は短い髪が好きだ、と。
もしかしたらかつては旦那さんが切っていたのかもしれないと想像してみる。

Before
After


「ほらかっこいい」「ほらきれい」と自らの手で整えた私たちの姿を見ながら何度も褒めてくれたおかあさんに謝謝と伝え、お店を後にした。

Tokyo Barber Clubの方と3人で東門站近くの昔ながらのご飯屋さんで滷肉飯と排骨湯をつつきながらいろいろな話をした。
なぜ床屋なのか、なぜ記録するのか。在り方は違えど通ずる思いがたくさんあって、こうして今台湾の地で同志に出会えてとても嬉しかった。
そして台湾にも床屋の研究をする学生や、床屋関連のアパレルブランドを立ち上げている方など知らなかった床屋コミュニティを教えていただいた。

土地も言葉も違えど同じ「床屋」でつながっていく世界があること、同じような思いを共有している人たちがここにいること。
見た目の面白さを写真に収めるだけでは絶対にわからない、床屋の世界がちゃんと存在していることをもっともっと体感していきたいと思った1日だった。

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