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2020年2月8日(土) 富士ゼロックススーパーカップ 横浜FMvs神戸【飯倉神喜劇】

スタメン・基本システム

1 両チームのゲームプラン

神戸

相手の戦術的志向が明確なため、自分たちのフットボール云々というよりはリアクション的な側面が濃くなる。
できるだけ敵陣でプレーすることを目標にまずは守備から入ってキャンプから取り組んできたハイプレスでマリノスのビルドアップを封殺する。逆にマリノスのハイプレスに真っ向から地上戦で対抗することは少なく、貯金を作ったらまずはハイラインの裏を狙っていく。

マリノス

いつも通り、ボールを握る局面を増やす。双方がハイプレスを掛け合うオープンな展開になったのは彼らにとって都合がよさそうだった。

2 基本構造

2-1 フィンクのマリノス対策

横浜F.マリノス。言わずと知れた確固たるゲームモデルを持つチームで、故に彼らと対戦するチームの指揮官はよりはっきりと対抗手段を打ち出す必要がある。例えばあるチームはプレッシング開始ラインを極端に下げてポジティブトランジションでの速攻に命を賭け、またあるチームは敵陣高い位置からプレッシングを仕掛けることで彼らの円滑なビルドアップを遮断した。
前回対戦のフィンクはどちらかと言えば後者で、中盤でマンツーマンの関係を作り出してハイプレスで勝負したがそのようなやり方の対処に慣れているマリノスに致命傷を与えることはできなかった。

今回対戦も人に付く志向の強さはそのままだったが、より相手に困難を強いるやり方をフィンクは用意していた。

2-2 神戸のハイプレス

神戸のボール非保持時の陣形は5-4-1で、古橋と山口がサイドハーフを担当する。
両チームのシステムをそのまま噛み合わせるとマリノスのGK,2CBと神戸の1トップで3on1の数的不利ができるが、イニエスタが喜田へのコースを切りながらチアゴに寄せることでCBへの枚数を確保。
古橋と山口は敵SBを監視し、ライン間を動き回るマルコスはサンペールと3CBが適宜受け渡すことで脅威を軽減した。

イニエスタが喜田を見る場合はSHがSBへのコースを切りながらCBに寄せ、逆サイドのSHとWBがそれぞれジャンプしてCBとSBを捕まえる。

このやり方はかなり有効で、特に畠中をドウグラスまたは山口が封殺することでチアゴのサイドからボールを前進させる必要が出てくるとマリノスは厳しそうだった。
神戸での初ゲームとなったドウグラスだがプレッシングのスイッチ役としては上々の出来で、右サイドへの展開を遮断するパスコースの消し方はヨンソンに仕込まれているだけあり洗練されていた。
問題はバックラインの押し上げが上手く行かないことで、ファーストプレスを交わされると5バックが広いスペースで剥き出しになってしまうことが多々あった。(所謂擬似カウンター)

2-3 マリノスのポジショナルな攻撃

神戸のプレッシングを回避してからはスペースがあるためミドルゾーンまではスピード感を持って運べることが多く、セットディフェンスを崩す局面は比較的少なかったが、スピードダウンさせられた場合はいつも通りSBを内に絞らせてインテリオール的に振る舞わせ、マルコスをフリーマンとして活用する。

右ウイングの仲川は基本的に酒井と相対するポジショニングをとっていたが、左のエリキは張らずに内に入ってきてしまうため代名詞の幅を使った攻撃はやや消化不良気味。
再現性があったのはMFライン4枚の脇にSBを入り込ませるパターンで、特に松原は攻撃的MF然とした動きを見せていた。

2-4 神戸のビルドアップ(マリノスのハイプレス)

マリノスの3トップに対して神戸はGK飯倉を左CBに加えた4バックでスタート。サンペールをマルコスに消されていることや、イニエスタがサイドに落ちることが少なかったこと(トランジションを考えるとあまり中央から動かしたくない)もあり出口はサイドのWBになることが多かった。

相手の1列目を剥がすことができればロンドを形成して繋いでいくのではなく、シンプルにマリノスのハイラインの裏を狙っていく。
この試合のマリノスは一時期のスーパーハイラインが復活しており、裏はイルギュになんとかしてもらおうという考えが強かった。

3 前半の試合展開

3-1 試合開始〜15分まで

神戸ボールでキックオフ。大崎は繋がずに前線へのフィードを選択。エリキが傷んでプレーが中断し、再開後の3分神戸は早速地上戦でのビルドアップを実行。降りた酒井とフェルマーレンがワンツーでSBを引き付けてDFライン裏にスルーパスを通すが、イルギュがカット。
4分にも擬似4バックを形作り、大崎からフリーの酒井へ浮き球を通して前進成功。

7分にも酒井が出口となってプレスを回避する。

酒井がフリーになれたのは古橋の動きに依る所が大きく、彼が囮役として松原を引きつければ酒井は構造的にフリーになれていた。
普段のマリノスなら松原を前に出して古橋をチアゴに任せる選択肢もあったはずだが、それができなかったのはドウグラスが左サイドに流れることが多かったことが原因だろう。(古橋,ドウグラスを数的同数で対応するのは危険だ)
だが10分にビルドアップで大崎が潰され、決定的なチャンスになってからはDFラインから簡単に蹴り出す傾向が強まり、この経路はほぼ活用されなかった。

立ち上がりの神戸のプレッシングはミドルゾーンの敵陣側からスタート。古橋のCB-SB間カバーシャドーで神戸の右サイドに誘導し、そこで奪ってカウンターに移行する場面が3度ほどあった。
プレッシングを剥がしてからは所謂パウサ(小休止)を置かず縦に速い攻めが目立ったマリノス。右の仲川が酒井のマークで封殺されているため、左からの攻めが中心となる。ボールサイドに落ちてくるマルコスにはCBの飛び出しで対応したが、潰しきれないことも多く彼経由で前進に何回か成功していた。

3-2 15〜30分まで 

勇猛果敢返し
マリノスのハイプレスに対し神戸がダイレクトなビルドアップを選択することが増えたため、徐々にマリノスのボール保持時間が増えるが、神戸としてもこれは織り込み済み。用意していたハイプレスでこれを迎え撃つ。
20分、喜田のバックパスを合図にイニエスタがスイッチを入れ、畠中にドウグラス、ティーラトンに山口といった具合に寄せてGKへのパスを強いる。
さらに古橋が喜田にアタックしてボールを奪いショートカウンターを発動。イニエスタのシュートまで持ち込んだ。


25分にもチアゴにロングボールを蹴らせて回収。守備の機能している中で先制点が生まれる。

畠中からパスを受けたイルギュにドウグラスが寄せ、左サイドでWBとHVが1列ジャンプして受け手を監視。仲川へのロングパスをフェルマーレンがカットし、

こぼれ球を古橋が拾ってイニエスタがスペースで前を向き、スーパーなパスでドウグラスの神戸初ゴールをアシストした。マリノス視点から見るとマンマークを嫌ってサイドに逃げてしまった喜田の動きは悪手で、例えば彼が中央にステイしてセカンドボールを拾う構えを見せていればイニエスタに前を向かれることはなかっただろう。神戸の人への強さが功を奏したシーンだった。

3-3 30分〜前半終了まで

・VARの使い方
神戸優勢の流れだったが次の1点はマリノス。神戸のCKの流れから陣形が十分に整っておらず、
フリーになったティーラトンから楔が入ってクリアボールが仲川に流れ、最後はマルコスが押し込んだ。不運な失点と言ってしまえばそれまでだが、あのような形で点を取られてしまっては元も子もない。山口も試合後にイージーな失点だったと振り返っているように、防ぐことができるシーンだった。
このプレーでVARが適用され、数分試合が中断したためマリノスはこの機会に左サイドを修正する。
エリキを外に張らせ、マルコスを左のハーフスペースに配置。CH,SB,WGの関係で西とダンクレーのサイドを狙い、右で刺す狙いを鮮明にする。


43分のマルコスが間で受けて右ハーフスペースからの松原のアタックは狙っていた形だろう。
だが神戸の5バックを崩すところまでは至らず、このシーンもミドルシュートで終わってしまう。得意の深い位置からのクロスを増やすには抜けるウインガーが欲しい状況だった。
余談だが、VARで逐一プレーが切れることが予想される今季からはこういった時間にどこまで修正を加えられるかも監督としての腕に見せ所になりそうな予感がある。
・スイーパー·キーパーの功罪
次の得点は予想外の形から。マリノスのCKを神戸が跳ね返し、クリアボールをイルギュがPAから出て処理。チアゴに預けるが、彼からの折り返しを古橋がかっ攫い、そのままゴールを決めた。


指摘できることは正直少ないのだが、イルギュの体の向き(左サイドを見れない向きだった)とチアゴがボールを持った際にティーラトンのポジショニングが近すぎることで、古橋はチアゴ-イルギュ間のパスコースさえ切っておけばOKといった状況になっていた。前半のマリノスを見ている限り昨季よりGKをよりフィールドプレイヤー的に運用したい考えが見られ、多少のミスは織り込み済みなのかもしれないが1人の突撃で慌てるようでは厳しいだろう。

4 後半の展開

4-1 選手交代

マリノスはオナイウ→遠藤,畠中→伊藤。遠藤が左ウイングに入り、エリキが1トップに回る。
前半終盤のエリキは語弊のある言い方をするとただ張っているだけだったが、遠藤は自ら仕掛けて、神戸の5バックに所謂“風穴を開ける”ことが可能になる。
畠中は怪我明けということもあり前半の45分限定出場が当初からのプランだったのだろう。

4-2 45〜60分まで

・燃料切れとオーバーロード
マリノスは左サイド狙いを一層強める。左側2レーンにSB,CH,マルコス,WGと密集して、神戸の弱点であるWB-HV間を攻略するとともにサンペール,山口を押し下げて、神戸右サイドからのプレッシングを機能不全に陥れる。

なら左サイドはどうだったかというと、古橋はSB番を受け持ち、かつカウンターでは長い距離を走る必要があるため消耗。イニエスタもコンディション的に運動量を求められないため、実質ドウグラスのワンマンプレス化してしまう。ボールにプレッシャーがかからなければ扇原の長距離パスも発動し、神戸のDFラインを一気に押し下げることが可能に。

PA内には逆サイドのSBとともにCHも侵入。CBの前のフィルターが消失するため、ゲームはオープンな展開に突入。

神戸も手薄になったカウンタープレスを交わせば敵陣侵入が容易になり、イニエスタがMFラインの前でボールが持てるようになったことからイニエスタ→西の定番アイソレーションアタックや古橋の裏抜けなど前半見られなかったプレーも飛び出す。


54分の扇原のゴールはそのトレードオフにマリノスが勝利した瞬間で、

その後の喜田のカットバックに合わせたシュートが決まっていれば試合をひっくり返すのは難しかっただろう。

4-3 60〜75分まで

・再点火

攻めに転じられない神戸は田中順也を投入。前線にフレッシュな選手を入れ、もう1回前から行く姿勢を明確にする。
その姿勢が結実したのは69分。伊藤から受けた扇原から山口がボールを奪ってショートカウンターを発動し、イニエスタに預けて一気に縦に走る。

イニエスタのカットバックは伊藤にカットされるが、こぼれ球を山口が蹴り込んでリードを果たす。

マリノスからするとこのゾーンでのミスは致命的で、また走り込んでくる山口にマークを付けられなかったのも痛恨だった。
だがオープン合戦はここでは終わらない。73分にマリノスのカウンターが発動し、広大なスペースで神戸3バックとマリノス3トップの3対3。サイドに振られるとなす術なく、遠藤からグラウンダーのクロスを入れられエリキに押し込まれた。

4-4 75分〜後半終了まで

構図は変わらず、オープンな展開で双方殴り合う。
マリノスは剥き出しのDFライン裏に仲川らスピード系アタッカーを走らせ、神戸は西からの高精度クロスを活用。
試合終了までの18分間で仲川に3回、エジカルに1度ビッグチャンスが訪れるが、飯倉のスーパーセーブとフェルマーレン,大崎のゴールカバーで難を逃れる。
神戸も西のクロスから田中順也のヘディング、カットバックから山口と2回チャンスがあったが、惜しくも枠内には収まらず、試合はPK戦に。

5 PK戦

マリノス,神戸双方の1,2人目は成功し、迎えたマリノスの3人目エジガルのキックを飯倉がストップ。
だが神戸の3人目小川が2013年福岡戦を思わせるシュートをポストにぶち当て、ここから明らかに雰囲気が変わる。なんと5人が枠外にキックを外し、もう2つは飯倉,イルギュが止めて計9人連続失敗。
報道では芝が高かったという選手の供述があったが、神戸はともかくマリノス側の失敗の要因は飯倉を過度に警戒していたことだと思う。
つい半年前までマリノスに所属していたため、彼の力量は皆がよく知っている(マリノスのキッカーは全員飯倉とチームメイトだった選手)。エジガルのキックをストップしたことが大きなプレッシャーになったことは間違いない。
結局このカオスを収めたのは神戸の7人目の山口。紆余曲折あったが神戸が2つ目のタイトルを獲得した。

雑感

キャンプから取り組んでいるプレッシングの完成度は60%程度で、後半に入ってからの急激な運動量の低下など実践投入にはまだ不安な部分がある。
まだキャンプインから時間があまり経っていないこともあり、フィットネスが向上すればこのやり方をもう少し続けることも可能になるはずだ。
恐らく対マリノス用のゲームプランであったため起きた現象だが、ビルドアップで貯金を作る(巨大ロンドの形成)局面が少なかったのは心配な要素。プレッシングとロンドの両立は身体的にもメンタル的にも大きな負荷がかかるが、これをクリアできるなら神戸はもう1段階上のフェーズへ行くことができるだろう。