ジンとは何か?(5)
※末尾に投げ銭機能としての購入ボタンを設けておりますが、この記事は全文無料です。
ジンとは何か?(5)
さて、ここまでで一旦海外のルールから離れ、現在日本のルールがジンをどう捉えているのかをみていきましょう。
日本において、お酒全般のルールがあるのは酒税法です。
ただし、酒税法ではジンを指す特定の項目はなく、「スピリッツ」の一例に記載されるにとどまっています。これはあくまでそれぞれのお酒に文化、慣習上の分類はあっても、かかる税金がウォッカやラムとジンでは変わりないので、区分の必要がないためだと思います。
つまり「ジン」という酒を縛り区別する明確な法律は日本にはなく、さらに大きな「スピリッツ」という枠がこれにあたります。
これでは極端な話、EUやアメリカの規定から外れた(例えばジュニパーベリーを全く使わない)蒸留酒でも、商品名として「ジン」を名乗ることは、酒税法上では問題ない事になります(景品表示法などの他の法律違反になる可能性はあります)。
こういった生産者、消費者の誤解を避けるためのガイドラインとして、おおよそジンとはどんなお酒かという基準が、財務省所管の独立行政法人、酒類総合研究所から出されています。以下に引用します(引用元は添付資料をご参照ください)。
“ジンとは、穀物を原料として糖化、発酵、蒸留をした蒸留酒に、草根木皮の香味成分を加えてさらに蒸留した無色透明の酒のことをいいます。”
“ジンの原料は、トウモロコシ、大麦麦芽、ライ麦などです。これを糖化・発酵させ、連続式蒸留機でアルコール濃度の高いグレーン・スピリッツを造ります。このスピリッツにジュニパー・ベリーなどの草根木皮を加えて単式蒸留機で再度蒸留します。”
“現在では、ジュニパー・ベリーなどの天然物から抽出した香料をグレンアルコールに混合することによって製造することもできます。”
“ここまで説明してきたオランダで始まりイギリスで発展したジンを他のジンと区別するために「ドライ・ジン」と呼びます。ただし、単にジンといった場合はこのドライ・ジン
のことを指しています。ドライ・ジンの他には、ドライ・ジンに糖分を1~2%加えた「オールド・トム・ジン」、イギリス南西部のプリマスで造られる「プリマス・ジン」、ドイツのシュタインハーゲンで造られているジェニパーベリーを発酵して造る「シュタインヘーガー」、ジュニパーベリーのかわりに様々なフルーツなどで香り付けした「フレーバード・ジン」などがあります。”
これらの記述が、日本におけるジンの指標(定義ではない)として、一般的に受け入れられています。インターネットや書籍で調べると、おおよそ上のような記述になるでしょう。そしてここまで海外の定義についてもご覧頂いた方々には、それぞれの書籍・ウェブサイトで書かれている「ジンの定義」の内容が微妙に異なる理由も分かっていただけたと思います。それぞれに参照元が異なるため、解釈が違って見えているのです。
閑話休題して、ここで先ほどの日本の指標と、EU、そしてアメリカでの定義を比べてみましょう。
まず全体として、現在の日本の指標はアメリカの法的基準に近しいように見受けられます。長らく日本における代表的「外国」であったアメリカの定義を参照しているのかもしれません。
細かな定義では、まずベースとなるお酒に関して、日本やアメリカでは穀物となっているのに対し、EUでは農作物由来の、となっています。
日本やアメリカでは、ジンが歴史的に穀物から作られてきた経緯からこのような記述となっていると考えられます。対してEUの方は、現代において使われるアルコールの原料が多様化している事からより広い範囲を指定していると考えられます。
またあまり触れられることはありませんが、香料の使用については、日本とEU、アメリカに共通して述べられています。ただし日本では天然物から抽出としているのに対してEUでは一部合成香料も使用可能となっています。
次にジンの細かな種類についてですが、上記のように日本では紹介程度にとどめています。ただし文脈上、他国の定義と異なる分類になる箇所があります。
それは、「フレーバード・ジン」の存在
です。
ここでは、”ジュニパーベリーのかわりに様々なフルーツなどで香り付けした”とあります。これはEUはもちろん、アメリカのジン、またはフレーバード・ジンの項目にも含まれません。
この一文でジンの範囲は非常に広くなります。ジュニパーベリーがジンに必須の存在ではなくてよい、と曲解できてしまうのではないでしょうか。法律ではないので、そこまで気にしなくてもいいかもしれませんが…
推測の域を出ませんが、この一文は「スロージン」(スローベリー(sloe berry)をジンまたはスピリッツに漬け込んで作るお酒、前回「ジンとは何か?(4)」ではアメリカでの定義を説明しました)を、ジンの中に含むために盛り込まれたのではないかとも考えられます。
しかし多くのスロージンは分類上リキュールに属するので、該当するのはごく一部だと思います。
このように書かれたのは何か実際にそういった「フレーバード・ジン」があるからなのか、疑問ではありますがこのあたりは調査不足ですのでまたいずれ。
最後にここまでの各国の定義・指標を見返して、全体の個人的な印象を少し書きます。
ヨーロッパでは数百年もの間、ジュニパーベリーとそのお酒が文化として一般にありました。そして20世紀の終わりごろから、徐々に既成概念を覆すジン達が出てきてブームを作っています。また気候や文化の差異が大きな、ヨーロッパ広範を対象として(加盟国からしてそれは当然なのですが)、ジンの定義が作られているように感じます。
アメリカの場合、ヨーロッパにおけるジン、そしてジュニパーベリーを使った蒸留酒の一部の定義を抜き出し、合理的にまとめた印象があります。
アメリカがその定義付けをした当時、現代的なものはまだなく、ジンは多様化していなかった。また伝統的なものはそこまで掘り下げるほど注目されなかった、市場にめったに現れなかったのではないでしょうか。
そのため、細かな定義を省略し、シンプルな定義にまとめ上げ、アメリカ独自に発展した文化を付け加えたもののように感じます。
またアメリカの定義が出来た後、ヨーロッパの多くの国が経済圏としてまとまり、法整備が行われたという可能性もあります。そのため、EUとアメリカとで随分違う基準が出来たのかもしれません。
日本では戦後、アメリカを中心として海外の文化が再構築されました。ジンという酒を多くの人が知るようになったのはバーが普及して以降の話だと考えられます(もちろんそれ以前にもジン・バー共に日本に入ってきています)。
また個性的なジンが盛んに作られるようになったのは2010代後半、つまりこの5年程度の話です。定義についても曖昧な部分や未分類の箇所も多くあるように思います。未だに発展し続けるジンに対し、国や消費者の概念形成がまだ追いついていないように感じます。
日本はこれまで、ジンの定義を語る上で必ずといってよいほどその歴史の解説から始まり、過去から基準を抽出してきました。ここで言及されるのはあくまでオランダ、ドイツ、イギリスといった歴史的にジンが作られてきた一部の国です。しかし現在、世界中でジンが作られ、日本産のジンが海外でも評価されはじめています。
今後、日本でジンがアルコール飲料としての、そして経済的な生産品目としての地位をより強固にする時、ウイスキーや日本酒と同様に、より細やかで積極的な、未来のための定義が必要になるはずです。
引用・参考
EUにおける蒸留酒の規定について(2008)
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:32008R0110&from=EN
アメリカ合衆国財務省 アルコール・タバコ税貿易局より
蒸留酒の階層的定義(2007)
https://www.ttb.gov/images/pdfs/spirits_bam/chapter4.pdf
日本国財務省 国税庁ホームページより
「酒のしおり 酒類の品目」(2018)
https://www.nta.go.jp/taxes/sake/shiori-gaikyo/shiori/2018/pdf/005.pdf
独立行政法人酒類総合研究所ホームページ
(ジンについての解説は「お酒の情報」から、「スピリッツ類」へどうぞ)
https://www.nrib.go.jp
お読みいただきありがとうございました。
以下に記事の記載はございませんが、投げ銭機能として有料ラインを設けております。
ここから先は
¥ 100