とある男と食事のはなし
男はタバコが嫌いだった。
最近はどんなレストランも禁煙がすすみ、滅多に副流煙を被ることはなくなった。
それでも、喫煙所の前を横切った際や、喫煙者と会話しているときに、ふと漂ってくるあのタバコの焙煎臭が嫌いだった。
一度、喫煙者の叔父に「なんでタバコを吸うのか」と聞いたことがある。
すると叔父は「コーラを飲むようなもの。瞬発的なリフレッシュ感を求めてるんだよ。喫煙者は非喫煙者と比べて1つ多く、新しいジュースを知っているようなものなんだ」と答えた。
男はコーラも嫌いだった。
甘いだけだ。そもそも、色が毒々しくて受けつけない。
小学生のころに、山盛りの角砂糖がコーラ1本に入っているという映像を見た直後から、コーラのことが嫌いになった。
コーラだけではない。ジュース全般が嫌いだった。
飲んでいるときは確かに美味しいが、飲んでから数分すると口のなかがベタベタする。なんでわざわざ、水よりも高いお金を払って口のなかをベタつかせるのかが分からない。
そもそもジュースは冷たいから美味しいだけだ。ぬるいコーラは不味い。
なので、実は麦茶とかも冷たかったら同じくらい美味しいと考えていた。
だから男は、コーラの代わりに麦茶を好んで飲んでいた。
と思っていたがある日、男は麦茶の奥に焙煎臭が隠れていることに気付いた。特に、鶴瓶師匠が映っている伊藤園の麦茶はその傾向が強い。
ボトルに口を近づけたときに、ふと焙煎臭が漂ってくるのだ。
もちろんタバコほどキツい香りではない。
それでも、確かにその焙煎臭は漂っている。
もし自分が麦茶を飲んだあとに、周囲の人間に対して喫煙者だと思われてしまったら…
そう考えると恐ろしくてたまらなかった。
そうして男は、麦茶が嫌いになった。
そして男はジャスミン茶に乗り換えた。これなら焙煎臭もしない。
飲み終わった後に、口のなかに残るベタベタ感もない。
だが、ある日沖縄旅行に行った際、コンビニで「さんぴん茶」が売られていた。興味本位で購入してみると、あろうことかジャスミン茶と全く味が同じだった。
調べてみるとやはり、沖縄の方言で「ジャスミン茶」を意味するお茶らしい。名前が違うだけで、成分は全く一緒なのだ。
それならば「ジャスミン茶」のまま提供すればいいではないか。
だが、恐らくそうしないのは「さんぴん茶」と書けば地域限定のお茶だと勘違いした顧客が購入するからだろう。
そして自分は、そんな企業が仕組んだ愚かなネーミングの罠に騙されたのだ。
こうして男は、ジャスミン茶も嫌いになった。
その後も男の疑心暗鬼は止まらなかった。
アルコールは睡眠の質を妨げるから嫌いになった。そもそも不味い。
お茶もよく考えると、色がついているだけの水なので嫌いになった。
小麦が使われている食品は、日本人の7割が小麦不耐症なので避けるようになった。
米も味がしないくせに炭水化物以外の栄養素が乏しいから嫌い。
調味料にはコーラと同じく、大量の砂糖や化学化合物が含まれているので嫌い。
牛肉は飼育コストが大きすぎるし、環境負荷が大きいらしいので嫌い。
同じ理由で豚もダメだ。
そもそも「焼肉」とか言って調理の手間をサボっているだけなのに、無駄に高い金を請求するのも気に食わない。
魚は普通に骨が多いから嫌い。
こうして男は、水と最低限のカロリーを取るようになった。
人と生きていくために必要不可欠な栄養素があれば、それで満足だった。
代償として、周りがなぜ食事をそこまでして楽しむのかが分からなくなった。
三代欲求の「性欲」「食欲」「睡眠欲」で、おおっぴろげにしても恥ずかしくないのは食欲だけだ。
「自分は性欲が強くてセックスが大好きだ」と豪語すればだらしない人間だと思われる。
「自分はとにかく寝まくるので、休日はずっと寝てる」と言っても、やはりだらしない人間だと思われる。
だが何故か、食欲だけは「ご飯が大好きだ」と言っても変人扱いされない。
それどころか、その話題で盛り上がる。
次第に、男は食欲そのものが許せなくなった。
その気持ち悪さがどんどんと自分のなかで増大していった。
ただ生活をしているだけなのに、勝手に体はカロリーを欲しがる。
健康的に生活したいので、そのためにはできる限りカロリーを抑える。
だがそうすると、すぐに健康被害が出る。
顔色を悪そうにしていると、周りから「ちゃんとご飯食べてる?」と聞かれるが、その度に「無為徒食に食事をしているバカどもに何が分かるのか」という差別感情ばかりが浮き上がってきた。
やがて男は、拒食症と診断された。
過度な健康を求めるあまり、心の病を患っていた。らしい。
医師からは「少しずつでいいから、好きな食事をするように」と伝えられた。
はたして。男に好きな食べものなどあっただろうか。
少なくとも疑い半分で飲んでみたコーラは、やはり口がベタベタした。