たとえ地の果てへ行ったとしても、自らの意思がなければ旅じゃないっていう話
パー!パー!
ざわざわざわざわ…
鳴り響くクラクションと、通り過ぎる人々。
コートを着た私はカバンをしっかりと持ち直し、地図アプリをチラ見しながら横断歩道を渡るタイミングを見計らっている。ちょっと足を出したら右から車が容赦ないスピードで突っ込んできたので慌てて足をひっこめた。
イタリア、ローマ。卒業旅行最終日。
私はひとりスペイン広場に向かっている。一緒に来たななこは興味ないから、とホテルに戻った。一緒に旅行してるのに冷たい?ううん、この距離感がいいの。
二駅しかないけど歩きは怖いから電車で行こうと決めた私は駅を探した。みつからない。毎日このへん歩いてたのに。あぁ、ここか。
降りる駅はどこだろう。ほう、スパーニャ駅とな。有名なスペインをモチーフにしたテーマパークのCMが脳内で再生される。踊る犬と猫。
異国の人のパレードまで想像したところでスパーニャ駅に着いた。スられなくて本当によかった。
観光客でごった返しているスペイン広場。
私はここへ、恋人へのおみやげを買いに来た。
慣れない土地で、何線かもわからぬ電車に乗り、ひとりで。
愛。
今まで海外旅行は家族とけっこうしてきた。
おおまかな旅のルートはあらかじめ決めてあり、母がホテルを探し、父が運転してくれていた。私はそれについて行ってただ見て、ただ何かを感じていただけ。
駅を探したこともないし、物が買えず困ったこともない。
今思うと本当にもったいない。だって、あんまりちゃんと旅のこと、覚えてない。
親に連れられて行く近所のスーパーと変わりない。
たとえ地の果てへ行ったとしても、そこに自らの意思がなければ「旅」にはならないのだ。
この日私は自分の足と言葉をつかいはじめて「旅」をした。
それは、スペイン広場から延びる細い道に軒を連ねるアパレルショップの扉を開けたところから始まる。
ファッションが好きな恋人へのおみやげにはなんとなく、ベルトかネクタイを、と考えていた。
さっきはいった店はシックで素敵だったけど、店員もシックすぎて声が掛けられなかった。気さくそうな女性店員がいるここなら…素敵なものに出会えるかもしれない。
「I`m looking for a gift for my boyfriend.」
勇気を出して店員に話しかけると、彼女はパッと笑顔になった。
「Oh, good! I can help you.」
彼女の透き通るような色の髪が私の心に反射しキラキラ光った。
彼の背格好のわかる写真をみせたり、身振り手振り、脳内の引き出しをひっかきまわして英単語を探し出し必死に伝えた。
普段日本語でも言いたいことの半分も伝えられない私だからもうパンク寸前である。頬が火照る。しっかり着たコートの中がじっとり汗ばんだ。
彼女はつたない英語をしゃべるJapanese girlの希望に応えようと、簡単な英語を使ってサジェストしてくれた。
ふたりであれはどうだ、これはどうだと話し、遂に一本のベルトの購入を決めた。
私はどうしても「Thank you.」以上の感謝の気持ちを伝えたくてしょうがなかった。
脳内の引き出しからなんとか中学校の教科書で習った文法を引っ張り出し伝えた。(冷静になって考えると、言い間違いしていたのでなんて言ったかは内緒)
すると最後に彼女は丁寧にラッピングしながら「Perfect!」と、それこそパーフェクトな笑みで答えてくれた。
店を出ると日が傾きかけていた。
大きな紙袋をさげた私は迷わず歩いてななこの待つホテルへ帰ることにした。
地図アプリはもういらない。足取りは軽い。
建物の隙間から差す光があたたかく美しい。
その光を浴びた瞬間、感じた。
「あぁ、旅した。」
数日前、ディナーにカルボナーラが有名なリストランテへ足を運んだら、アジア人だからという理由で入店を断わられた。
暗い帰り道、町行く人が全員敵にみえた。
信号のない横断歩道は歩くだけで肝が冷えた。
親切に切符の買い方を教えてくれたと思ったら、最後に金をせびられた。
旅行はもちろん楽しい。
資料集でしか見たことのなかった建築物や絵画、毎日食べ歩いたジェラート。
ミネラルウォーターが飲みたいのにスーパーで何回水を買っても炭酸入りで大笑いしたこと。(コップにいれた炭酸水を半日放置したものを飲むという技を使い、耐えた)
日本から約10,000km離れたローマで非日常を楽しんでいた。
だけどやっぱり少し疲れていた。
ちょっとだけ日本の自宅のベッドで寝たいなと思った。
それが最後の最後、彼女によってすべてが浄化されたのだ。
どれだけ凄い景色をみたとしても、どれだけおいしい料理を口にしたとしても、果てるところ、人の心をぐん、と動かすことができるのは人である。
そして、楽しいことも、思わずため息が漏れるようなことも、すべて受け入れ自分の足で一歩踏み出すのが旅である。
まばゆいばかりの夕日を背に、右から左から車が向かってくる横断歩道を軽快に渡りながらこうつぶやいた。
「憎めんなぁ、ローマ」