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クリムトのように眠る


グスタフ・クリムト
みなさんご存じ、あの有名で人気の高い画家です。

最初に私と絵の関係から話をする。

美術館へはたまに行くくらい、テレビで日曜美術館やなんでも鑑定団など、面白そうなテーマがやっていたらぼーっとみるくらい。

大学の時、空きコマで美術の授業をとっていたこともあった。経済学部の自分は少し浮いていて、毎回緊張しながら教室に入った。作品解説の講義はとても面白かったが、後半色鉛筆による実習が始まり出るのをやめた。

最近はビジュチューンで絵に関する教養を深めていたりするが、教養レベルを出ないくらいのお付き合いをしている。

好きな画家は、ミュシャ。
好きな絵は、これという絵は思いつかない。

そんな私でも、人生の中で「出会ったな」と思った絵が、今のところは2枚ある。

 東山魁夷 「緑響く」
 クリムト 「接吻」

どちらにもエピソードがあるが、今日はクリムトの話をしたい。


*****


初めてクリムトを見たのは、百貨店のトイレ前の廊下だった。

大学生だった私は、ルパン三世展を見るため、ひとりで松坂屋7階にある美術館を訪れた。美術館らしい寒くはないのにどこかひんやりとした空気、その上、百貨店らしい品のある空間だった。

そこはエスカレーターから入口に続く廊下に至るまで高級感にあふれていて、有名絵画の縮小版が額に入れて飾られていた。ルパン三世に満足した私はトイレに立ち寄り、そして出てきたところでその絵に出会った。


その絵はゴールドに輝き、あたたかさにあふれていた。
女性の幸せな気持ちが小さな額いっぱいに広がっていて、見ているこちらまで幸せな気持ちが伝わってきた。

「グスタフ・クリムト 接吻」と絵の下に貼られていた。

少しどきっとした。接吻という言葉は普段使わないから、逆にその行為が強く意識され、生々しいイメージにつながりそうだった。

絵の印象と言葉の印象、どちらもあいまって強く心に残った。
ルパン三世展のことは頭からほぼ消えていて、この絵が一番の収穫になった。


*****


2回目に出会ったのは、アニメの中だった。
女子高生のりんごちゃんが、思い人である先生との両想いを妄想するシーンで画面がゴールドであふれた。

あ、クリムト。

これは「オマージュ」だ、とすぐに思った。
オマージュはフランス語で、模倣とは一線を画す、敬意のこめられた表現方法だという知識はあった。

ここでクリムトがでてくるんだ。

絵を知っていた私は、知らない人よりも少しだけ、そのシーンの意図をくみ取れたのではないか。りんごちゃんは幸せに包まれたい、愛にくるまれたい。そしてりんごちゃんもクリムトが好きなのかも、だったらちょっと嬉しい。

これが教養か。

教養は人生を豊かにする、と実感した出来事だった。
知識は当然無駄ではなく、生活の中の思いもよらない場面とつながるときがある。あたらしい線ができれば橋がかかる。橋の上からは今まで見たことのない景色が見える。


*****


クリムトの展覧会が数年前、わが愛知県にもやってきた。
場所は少しとおく、豊田市美術館。

ぜひ行こうと思っていたけれど、連日すごい人、入場待ち、暑い、の情報を聞き、なかなか行く気になれなかった。
喧噪の中で絵をみるより、家でひっそり思いを馳せよう、みたいな感傷に浸りながら最終日を家で過ごした。


*****


今週、いきなり秋の気温になった。
一日曇りだったその日は風が涼しく、そのまま窓を開けて夜を迎えた。

そういえば引越してから窓を開けて寝るのは初めてだ。
6階は想像以上に風通しがいい。夏用寝具では少し肌寒く、明け方目が覚めた。

冷たい風は、さむいけどひんやり心地がよかった。
人工の風のような直接的な冷たさではない、やさしい冷たさを感じながら横になっていた。

隣で眠る彼も風を感じたようで、寝返りに合わせてガーゼケットごと私に覆いかぶさってきた。

やさしい冷たさを感じていたわたしは、いっきにあったかくなった。
やさしいあたたかさにくるまれた。


なんだか今、あの絵みたいじゃない?
オマージュしてる


あたたかさに感じていた幸せが、愛情に、愛しさに、倍以上に広がった気がした。

教養あってよかったな
寝ぼけながらふふっと笑って、あたたかさの中でもう一度眠った。


*****


note執筆にあたって、彼のことを調べてみようという気になった。
クリムト氏は、まあ当然だがおじさんであった。
世の中のおじさんも、彼のように愛情や何なりを秘めているのかと思うと、少し心がざわつくが同時に希望にもなった。

わたしたちがもっとおばさんになった時も、あの絵から感じた気持ちを味わえる、年をとってもそんな変わらないから安心していいよ、そんなふうに勝手に解釈することにした。



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