切なく哀しい「こちらあみこ」

第26回太宰治賞、第24回三島由紀夫賞受賞の今村夏子のデビュー作。「こちらあみこ」は、切なく哀しいピュアな女の子の物語である。人と同じでないことで、彼女は大好き男の子に殴られて前歯を折られ、死産した母のために赤ちゃんのお墓を金魚のお墓の隣に作り、母を傷つけノイローゼにさせてしまう。そして家族から排除される。生まれてくる赤ちゃんと「トランシーバーでスパイごっこをしよう」として父親に買てもらったトランシーバー。「こちらあみこ、こちらあみこ、応答せよ」というあみこの呼びかけには、誰も答えてくれない。死産した赤ちゃんが男の子だったか、女の子だったかさえ、誰もあみこには教えてくれない。あみこはなぜ気味悪がられ、モンスター扱いされるのか、誰も指摘してくれない。腫れ物を触るように扱われ、あみこのコミュニケーションはいつだって一方通行でしかない。他者との感覚のズレ、認識のズレは、誰にでもある。それをやや誇張して、知的障害者のような少女として描いている。社会と適応できないからこそ、あみこの想いは一方通行で純粋になる。誰も持ちえないそのピュアさが哀しく切ない。

この本に収められている「ピクニック」という短編もまた痛々しく哀しい小説だ。お笑いタレントの靴を拾った川でのエピソードから、恋人関係になった馴れ初めを語る七瀬さん。ローラースケートとビキニで接客する胸の大きなやや歳がいった女の子の七瀬さんは、人気お笑いタレントと恋人同士であることを仲間たちに語る。それがどうやら嘘であることが分かりながら、同僚の女の子たちは彼女の話に合わせ、彼女の物語に協力する。これは善意の表れなのか、悪意の同調なのか、優しさなのか。新人の女の子のみが、七瀬さんの嘘を指摘し、バカみたいと距離を取る。嘘が共犯者たちによって物語になり、後戻りできなくなる圧力。いつしか、その嘘がばれて、七瀬さんは姿を隠す。何とも身につまされる物語だ。

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